第29話

リーズ国王太子アドルフと、その婚約者リリアの滞在最終日の夜。

声にならない悲鳴が城内に響き渡った。・・・・勿論、声にならない悲鳴なので、響き渡る事もないし誰の耳にも届く事はなかったのだが・・・


時を少し遡り、滞在最終日の朝。

アドルフ達は基本、与えられた客間で食事を摂っている。

国王夫妻との面会は初日だけで、それ以降は宰相であるヴィルトが中心となって彼等の世話をしていた。

そんな状況に二人は焦り始めていた。

今日は滞在最終日。リリアの仮病で滞在延期したはいいが、何一つ進展がない。

ブライトにもアウロアにも接触できていないのだ。

二人は別に示し合わせているわけではない。だが、互いに何を考えて何を望んでいるのかが分かるのだ。

つまりは、彼等の本質が全く同じだという事なのだろう。


そんな彼等は、ただ部屋に引きこもっていたわけではない。

結論から言えば、―――彼等は自由だった・・・・

他国であるのにも関わらず、自由だった。

具合が悪いと言っていたリリアなど、大人しくしていたのはたった一日だけ。

翌日からは、積極的にブライトへと接触しようと動き始め、周りを慌てさせた。

だが、その試みも叶わず、今度は騎士や文官に色目を使い始めたのだ。

体調が戻ったのであれば、出国の準備をしては・・・・と、言ったとたん腹痛をおこすという、便利な腹を武器に居座った。

アドルフはと言えばそれに便乗するかのように、色んな使用人に声を掛けてはアウロアの情報を得ようとしていた。

だが耳に届く情報は、彼等が必要としているものとは程遠いもので、落胆を隠しきれない。


そんな中、滞在五日目にして、二日後に一度自国へ戻る様通達されてしまった。

このままでは本懐を遂げる事すら敵わず帰らなくてはいけないのかと、焦り始める色ボケ二人。

そんな時、散策と称し庭をうろついていた彼等の耳に入ってきたのは、使用人達の何気ない会話だった。


『アウロア様がお風邪を召されて、部屋を移されたそうよ』

『陛下やお子様に移してはと、東棟へ完治するまで滞在されるようね』

『陛下もお寂しいと、同じ棟に移られるそうよ』

『まぁ・・・陛下がいらしては、アウロア様がわざわざ棟を移られた意味がありませんわ』

『本当に。陛下の溺愛ぶりは、こういう時困りますわね』

『アウロア様に陛下が怒られるのが目に見えますわ』

そう言いながら和やかにその場を立ち去る彼女等。

アドルフとリリアは物陰に隠れながら、ニヤリと笑う。

これまで国王夫妻の情報が一切入ってこなかったのに、ここに来てもたらされる情報に違和感すら持っていない。

頭の中では既に望む美しい相手と、あんなことやこんな事をしている自分達を想像して舞い上がっていた。

何度も言うが、アドルフとリリアはこの事に関しては一切相談もしていなければ、協力関係でもない。

単独行動である。にも拘らず、互いの顔を見合わせながら、頷き合うのだった。



色ボケ二人に悩まされていたカスティア国側の人々は、やっと彼等から開放されると心の中で涙を流し喜んでいた。

そして、とうとう今晩は計画実行の日である。

カスティア国側としては、アドルフとリリアが滞在していたこの七日間は兎に角、辛かった・・・それが、彼等に携わった者達の叫び。

気を抜けば部屋から抜け出し、国王夫妻に近づこうとする。

それが叶わないと分かれば、城内の人間に色目を使いは始めるのだ。

アドルフは単純に、自分自身の美貌に自信があり、誰もが自分に好意を持つのだというよくわからない自信を持っており、手あたり次第女漁りをしようとしていた。

リリアはと言うと、同じく見目の良い男性にしなだれかかり誘惑し、それを諫めれば急に泣き出し被害者面する。

兎に角、毎日がある意味祭りの様に大変だったのだ。


だが、それも今日で終わる。

使用人達が敢えて彼等に聞こえる様に話していた、国王夫妻の情報。

頭に綿が詰まっている彼等は、何の疑問も持たずに食いついてくると分かっていた。

案の定、彼等はアウロアやブライトが滞在しているという部屋の位置を確かめるかのように、散歩を装い伺っている。

はっきりとは見せないが、アウロアらしき・・・人物の影を見せた事で、きっと彼等は使用人達の話が本当だったのだと確信を持つはずだ。

色ボケ二人の最期のお世話だとばかりに、気合を入れて罠を張る。

最上級のおもてなしをする為に。


そして、声にならない悲鳴は誰の耳にも届かなかったが、彼等に関わったカスティア国の人達の心の耳にはしっかりと届いたのだった。

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