第30話
アドルフとリリアが帰国する日の朝。
いつもと違い、彼等は大人しくヴィルトの指示に従っていた。
その表情は何処か疲れ切っているようで、目の下には隈がくっきり浮かんでいる。
しかも腰でも痛めたかの様に、少し前屈み気味で、アドルフに至っては少々内股状態で歩いていた。
リリアもまたアドルフト同様で、時折腰を擦っていた。
美貌が売りのアドルフだが、昨日までの煌びやかさは見る影もなく肌は青白く、自慢の長い髪は取り敢えず梳かして纏めてはいるが、所々絡まっている。
昨夜この二人に何が起きたのか・・・・事情を知る者は彼等の状況を見て『ざまぁみろ!』とは思えど、同情する者は誰一人としていない。
見送りには国王夫妻も顔を出した為、最後の最後にごねるか騒ぎを起こすのではと思っていたが、二人は素直に馬車に乗り込みあっさりと帰って行った事に、この計画は成功したのだと皆が確信したのだった。
遠ざかる馬車を見送り、執務室に戻ったブライト達は安堵の息を吐いた。
「やーっと!帰りましたね!」
ヴィルトは彼等の世話係を命じられていた分、ブライト達よりも精神的にも肉体的にも疲労が大きかった。
そんな彼にアウロアは自らお茶を淹れ、労いの言葉を掛けた。
「ヴィルト、ご苦労様です。計画が成功したのも、ヴィルトが頑張ってくれたおかげです」
労わる様に慈愛深い笑みを浮かべれば、ヴィルトとエルヴィンは『あぁ、女神様』と膝を突き手を合わせ祈り始め、ブライトは『アウロア、愛している!』と連呼し、ぎゅうぎゅうに抱きしめるのだった。
全員がソファーに落ち着きお茶を飲んで一息入れると、この度の計画の功労者である二人の話になった。
「この度は、エリスとコリンには何か褒美を考えた方がいいだろうか」
ブライトの言葉にエルヴィンは、首を横に振った。
「いらないと思いますよ。今回の事があの二人にとっては褒美の様なものですから」
「確かに、そうかもしれない」
「確かに、そうね」
ヴィルトとアウロアは納得した様に頷きながら、良い働きをしてくれた二人が今頃きっとご機嫌であろう事は簡単に想像できた。
この度の功労者でもある、エリス(男)とコリン(女)は、この城に勤めている拷問官である。
拷問にも幾つか種類があり、肉体的、精神的、性的があった。
犯罪者の犯した内容により担当官が代わってくるが、今回の計画には性的拷問官が一枚噛んでくれたのだ。勿論、私的に。
この国の拷問官は、正直な所自分の趣味を最大限に生かしている者ばかりで、非常に研究熱心で真面目。
あまりの研究熱心な為に、稀に行き過ぎる事があり、それぞれの拷問官にストッパー役が付くほどだった。
だからこの度の計画に全くの私的参加の二人は、お目付け役が無い事を大いに喜んだことは言うまでもない。
言わずもがな、アドルフとリリアは色ボケである。
彼等の祖国で彼等は、数多の犯罪を犯していた。国王により揉み消されたものもあるが、殆どが被害者の泣き寝入りだ。
アドルフは己の権力を笠に、下位貴族や平民を無理矢理手籠めにし、捨てる。所謂、やり逃げ常習犯だった。
リリアもまた似た様なもので、婚約者がいる高位貴族の令息に近づき略奪する。その繰り返しで、最終的に王太子の婚約者にまで上り詰めたのだ。
彼等の罪は裏ではかなり騒がれ、中には金で片を付けたものもあったが、表では何も無かったかのようにされ、被害者たちは涙を呑んでいた。
リーズ国で裁かれなかった罪を、カスティア国で裁こうとしているわけではない。そんな理由は無いからだ。
自国の罪は自国で裁かれるべき。
だが、愛しいアウロアにまで手を出そうとするのであれば、話は別だ。
アドルフ達が滞在中の行動は、逐一ブライトに報告されていた。
普段の行動範囲や、国へ帰る様通達した時の様子。
国王夫妻を求めてさまよう二人は、まさに疲れ知らずの怪物のよう。
彼等に対する処分は、もう二度と異性の尻を追いかけられないようにする事。
そこで性的拷問官に、私的参加を打診したのだ。
加減をしなくてもよい・・・自分の好きなようにしてもいいのだと言えば、彼等は二つ返事で参加を表明。
嬉しそうに
使用人達の仕込みも整い、最終日には其々の部屋にスタンバイしてもらった。
エリス(ごっつい野郎)はアウロアが風邪の為に移ったとされている部屋へ。
コリン(筋骨隆々美女)はブライトがアウロアを追って移ったとされている部屋へ。
何故この配置になったかというと、彼等は同性愛者なのだ。よって、彼等の希望を取り入れた配置となった。
そして、護衛もわざと穴だらけの配備をし、その時を待った。
部屋の灯りが落とされしばらく経った頃、彼等は動いた。
何度も言うが、アドルフとリリアは相談した訳でもなく協力関係でもない。
なのに、怖い位どこまでも息がぴったりなのだった。
アドルフはアウロアだと思い、リリアはブライトだと思い部屋に忍び込む。
そして、ドタンバタンと何かが暴れるような音が少し続いたがすぐに静かになり、抑えるようなくぐもった声と荒い息、そして肉がぶつかりあう様な音が明け方まで続いたという。
「正直な所、リリアはどうでもいいけれどアドルフは許せなかったのよね。女として」
お茶を飲み干しながら、アウロアは眉を寄せた。
力づくで女性を屈服させ、辱める。アウロアが殺人や強盗同等に許せない行為だった。
それはフェレメン国に留学していた時、常に己が晒されていた状況でもあり、見ていたものだから。
手に届くものは助けたしフォローもした。だが、実際問題その被害は減る事はなかった。何故なら、フェレメン国王太子が率先して罪を重ねているのだから。
アウロアの祖国フロイデンでも、強姦罪はさほど重い刑では無かった。
だが、自分が実際に見聞きし被害者の立場になるかもしれないと感じた時、その刑を何よりも重きものに変えてしまったのだ。
犯罪者は去勢された後、男娼館か流刑地へと落される。
自死さえ許されない地獄のような日々を、使い物にならなくなるまで受けなければならない。
死刑は恩情と思わせるその刑のおかげか、フロイデン国での性犯罪は激減したという。
今ではカスティア国でも強姦罪はフロイデン国と同じ刑を採用していた。
今回の件も、下手をすればアドルフ達が加害者となり、例え他国の王太子であろうと捕縛されカスティア国の法に準じて貰う事になる。
だが何事にも抜け道というものがある。それが法であってもだ。
此度の事は、最終的に同意があったという事でアドルフ達は命拾いしたのだ。まぁ、元々そうなる様に仕組んだ事は言うまでもないのだが。
国王夫妻が滞在しているとされる部屋へ、故意に忍び込んだのだ。どんな目に合おうと、アドルフ達が騒げないのは百も承知だったから。
アウロア的にはアドルフの今まで振りかざしてきた男の尊厳を、再起不能なまでに踏み躙れればそれで良かったのだ。
なので今朝の彼等の表情から、それは達成されたのだと確信している。
取り敢えず私からエリスとコリンに何か贈っておきましょう。
アウロアがご機嫌な様子でお茶を注いでいる姿に、目的が
そしてもう
四人は和やかな雰囲気の中、其々に思いを巡らせるのだった。
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