第28話

翌日、やはりというか期待を裏切らないというか、アドルフ達は滞在延期を申し出てきた。


「まぁ、想像はつくが・・・・何て言ってきたんだ?」

昨晩、アウロアと寝室を共にしてご機嫌のブライトは(ただ、一緒に寝ただけ)、手元にある手紙をヒラヒラともて遊ぶ。

手紙が入っていた封筒にはリーズ国の国印がでかでかと描かれていた。

「はい。婚約者であるリリア嬢の体調不良です。すぐに医師を手配しました」

「そうか・・・何だかこちらの思うように事が進んでくれて、怖い位だな」

そう言いながらブライトは、手に持っていた手紙をヴィルトに差し出した。

昨日の謁見での彼等の態度を見て、すぐにリーズ国に『王太子不適合』の手紙を送っていたのだ。

「返事が早かったですね・・・・へぇ、七日間もこちらで預からなくてはいけないのですか」

ヴィルトは呆れたように溜息を吐いた。

「まぁ、これを機に親国、子国という立場を撤廃しようと思っているから、いくらでも恩は売るさ」

「七日間であちらでも、第二王子を王太子にする為の準備をしたいんでしょうか」

「準備も何も、貴族国民のほとんどが第二王子派じゃないか。まぁ、強いて言うなら、若干名である第一王子派を一掃する為に時間が欲しいんだろう」

「成程。第二王子までも変な女に引っかかったら、それこそ終わりでしょうし」

「あぁ、第二王子の婚約者は第一王子の元婚約者だった公爵令嬢に決定している」

「へぇ、そうなんですか。の令嬢の評判はすこぶる良かったですもんね」

あのバカ王子の婚約者を長年務めあげた令嬢だ。婚約を破棄した途端、他国の王侯貴族からも釣書が多数きているという。

「第一王子と破棄されてすぐに第二王子の婚約者に決めたらしい。その時点で、国王は第一王子を諦めたと思ったんだがなぁ」

「馬鹿な子ほど可愛いって言うじゃないですか」

「いや、あれを可愛いと言うなら国王も大概だ。早く王位を譲る事を薦めるな、俺は」

親として踏ん切りをつける事が出来なくて、カスティア国に丸投げしてきたのだ。無責任にもほどがある。

平民の親でならまだしも、国の頂点に君臨する者が変な所で親の情を振り回すのはいかがなものかと思っていた。

同じ親としてブライトも多少の気持も分からなくもないが、何の為に誰の為に自分らが存在しているのかを全くもって理解していない事に、腹が立ってしょうがない。


「自国の事でもない事に精神をすり減らさなくてはいけないなんて・・・七日間とはいえきついですね」

嫌そうに溜息を吐くヴィルトとは正反対に、ブライトは先ほどまでの憂鬱そうな表情を一変させ、嬉しそうに拳を突き上げ叫んだ。

「いや、俺は最大限に利用させてもらつもりだ!アウロアとの距離を精神的にも物理的にも縮めてやるっ!」

―――アウロア様が了承するかはわかりませんけどね・・・というヴィルトの心の声は当然彼に届く事はない。

「あー、はいはい。頑張ってください。ところで、彼等への対応ですが・・・どうします?」

「そうだな。体調不良ならば部屋で大人しくしてもらおう」

城内をうろちょろされ、問題を起こし多大なる迷惑をこうむるのはこちら側だ。

「承知しました。で、いつ仕掛けます?」

「最後の夜だろうな。あまり早く帰してしまうと、あちらの準備も整わないだろうから」

「エルヴィンの方にはこちらから連絡しておきましょう」

「あぁ、頼んだ」

「人選はどうします?ご要望はありますか?」

「そうだな・・・ごっつい野郎と筋骨隆々美女がいいな」

言葉は違うが、性別が違うだけで同じ事を指している事に、ヴィルトは噴出した。

「ぶふっ・・・失礼・・・。承知しました」

何を想像しているのか、小さく肩を震わせながら出ていくヴィルトを見送ったブライトは、深々と椅子に身体を沈めた。


アドルフとリリアには、二度とこの国に足を踏み入れる事のないよう、コテンパンに叩きのめしてから帰すつもりだ。

既に、その計画は動き出している。

アドルフの狙いはアウロアだ。本人は一応、隠しているつもりのようだが、全く隠れていない。

そしてリリアの狙いがブライトである事も、バレバレだった。


あの不快な視線に七日間も絶えなくてはいけないのは苦痛だが、アウロアの心を手に入れるために必要だと思えば・・・まぁ、ぎりぎり耐えられるかな・・・


何度目となるかわからないが、ブライトはアドルフ達が起こした騒動の報告書を読み始めた。

自国で婚約破棄騒動を起こした時、真実の愛を見つけたなどという三文役者張りの科白を公衆の面前で叫んだ二人。その内容が事細かに記されていた。

あまりの馬鹿さ加減が面白くて、ブライトの中では迷(?)作扱いされており、何度も読み返しては爆笑していたのだが・・・

これまでは対岸の火事だった。だが、その火の粉が自分だけではなくアウロアにも降りかかるとなれば話は別だ。


多くの人を巻き込んで真実の愛だと公衆の面前で宣言したのだから、アドルフとリリアは婚約を破棄する事は出来ない。

だが、既にそんな事実など無かったかのように彼等はブライトとアウロアに熱の籠った視線を送ってくる。

それが天然なのか計画してなのかを確かめるために、彼等の元にはヴィルト直轄の部下を侍女として就けていた。

そして、たった一日しか滞在していないというのに、彼等が連れてきた使用人達からもたらされる情報量は半端なかった。

あの二人は兎に角、使用人に嫌われていたのだ。


『アドルフ殿下は、リリア様を運命の人だなんて宣言してますが、その口の根も乾かぬうちに他の女性を部屋に連れ込んでますのよ!』

『あの婚約破棄騒動が終わったとたん、お二人の仲が若干ぎこちなくなっているみたい』

『婚約者という共通の敵を蹴落とす為に、あらゆる冤罪をでっちあげてましたからね』

『冤罪の中身が稚拙で・・・ですが元婚約者様は喜んで破棄を受けておられましたわ』

『令嬢達はいつもゴミクズを見るような目で見てましたものね』

『気付かぬは本人たちばかりですわ』

『早く私達も、あのクズ共から開放されたいですわ・・・』


概ねこの様な愚痴がほとんどだった。

ブライト達が心配していた彼等の行動に深い意味は無く、ただ本能の赴くままだったという事が判明し、呆れと共に彼等の単純さに安堵する。

彼等が滞在中も極力接触はしないつもりだ。


恋い焦がれ、そして破滅してもらおうか・・・


決してアウロアには見せる事のない笑みを浮かべ、ブライトお墨付きの迷作を大事そうに引き出しに仕舞うのだった。

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