第20話

とうとうリーズ国王太子アドルフと、その婚約者がやって来た。


謁見の間に現れた二人を、ブライトとアウロアは数段高い所から見下ろした。

麗しの王子と評判のアドルフは、確かに麗しいというか、キラキラだった。

サラサラと揺れる金髪は腰のあたりまで長く、後ろで纏めている。

白い肌に緑色の瞳。緊張しているのかその頬は少し高揚した様に、うっすらと朱に染まっている。

すらりとした体躯はかなり細身で、風が吹けば飛びそうだな・・・とアウロアは思った。

そしてアドルフの横を歩くのが、世間を騒がせた平民出身の婚約者。

肩までしかない赤茶色の髪は歩くたびにフワフワと揺れ、緊張の所為か大きな緑色の瞳は若干潤んでいる。

どれだけ贔屓目で見ても、可愛らしいというか、平凡な容姿だ。

そして、その歩き方や姿勢は優雅さに欠け、どこか幼さを感じさせた。


なんだか、綿毛みたいな子だわね・・・

それに二人とも・・・いかにもバカっぽいわ・・・


それがアウロアの第一印象。

そして隣にいるブライトも、概ね同じような印象を受けていた。


アドルフはブライト達の前まで来ると恭しく頭を下げた。

その瞬間、アウロアの背を悪寒が走った。

アウロア自身も驚き、ブライトに握られていた手がピクリと揺れる。

それに反応してブライトはアウロアを見るが、彼女は何でもないと首を横に振り、王太子に視線を移した。

だが何か納得していないような表情で、小首を傾げるアウロアを、ブライトは横目で捉え悶々とする。


アウロアとブライトが並んで座る椅子、つまりは玉座だが、非常に近い。拳一つ入るか位の隙間しかない。

本当は別々ではなく、二人一緒に座れるものを作ろうとしたが、アウロアに全力で止められ、椅子をピッタリ・・・とまではいかないが、限界まで近づける事で妥協した。

そしてブライトは、アウロアの手を握って離さない。

できる事なら膝の上に座らせたいくらいは、不安なのだ。噂通り、見た目だけは美しいアドルフだったから。

そんな気持ちの中(決して顔には出さないが)、アウロアがアドルフに反応した。

それだけでブライトにとっては、由々しき問題だ。

だが、それを今すぐに確かめる事が出来ないのが苦しい。


此処は公の場であるため、感情に流されての失態は許されない。何事もなかったかのようにブライトはアドルフへと声を掛けた。

「リーズ国王太子アドルフ殿。我がカスティア国へよくぞいらしてくれた」

「この度は、我々の訪問を快諾して下さっただけではなく、この様に歓迎していただき、感謝の念に堪えません」

そう言いながら顔を上げた瞬間、アドルフは言葉を失くし目を見開き固まった。

「アドルフ殿、どうされた?」

彼の視線は完全にアウロアにロックオンされており、瞬きすらしていない。

その視線の先に誰がいるのかなど容易に想像でき、ブライトは不快感をグッと押し込めながら彼の視線を剥がすために声を掛けた。

その声にアドルフは一拍遅れ「あ、失礼、しました」と頭を垂れた。

「アドルフ殿が目を奪われるのも致し方ない。私の妻アウロアだ。我が最愛は誰よりも美しいのだからね」

そう言いながら、見せつける様に繋いでいた手を持ち上げ、その甲に口付けた。

「そんな視線を向けられるたび、私は嫉妬の炎で焼き尽くされてしまうのではないかと、心穏やかではいられないのだよ」

蕩ける様な眼差しを向けられたアウロア。いつもであれば、にっこり笑ってスルーされるのだが、今日に限ってはブライトに対し縋る様な眼差しを向けていた。

彼女の反応に驚きに目を見開くも、繋いでいた手を解きその頬をゆっくりと撫で上げ、そしてまた手を繋ぐ。

まるで『大丈夫だ』とでもいうように。

それが伝わったのか、アウロアは何処かほっとした様に目元を緩め、アドルフに視線を移した。

「ようこそおいで下さいました。アドルフ王太子殿下。この度はご婚約おめでとうございます。宜しければ、ご自慢の婚約者殿をご紹介していただけませんこと?」

何時ものアウロアに戻った様で、ブライトはほっと胸を撫で下ろした。

反対に声を掛けられたアドルフは、アウロアの美しさにうっとりと目を細め、恭しくも何処か気障に会釈した。

瞬間、又もアウロアの手に力が入り、ブライトの手を今度はギュッと握ってきた。

何があったのかと、力の入っているその手を見れば、アウロアの腕に鳥肌が立っているのを確認し、周りにバレない程度に目を瞠った。


アウロアが鳥肌を立ててる?アドルフに対してか?

アウロアはアドルフに興味がないどころか、気持ち悪がってる?


そんな事を思い、心の中で安堵と歓喜に乱舞しているブライトとは正反対に、アウロアは修行僧の如く苦行に耐えていた。


さっきの悪寒は勘違いじゃなかったんだ・・・

生理的に受け付けないわ!コイツ!!キモッ!!


などと思われているなど、自分の容姿に自信満々のアドルフは露程も思っていない。

そんな彼の隣でブライトを凝視する婚約者。そんな彼女の状態など気付きもせず「婚約者のリリア・フューラです」と紹介した。

「この度は、両陛下にお会いでき、恐悦至極に存じます」

などとまともな挨拶をしつつ、その視線はブライトから離れない。

ねっとりとしたその眼差しに、アウロアはかすかに眉根を寄せた。

だが当のブライトは気付いているのかいないのか。何ら気にすることなく「婚約おめでとう」と祝福している。

そんな彼等を見ながら周りの者達は、盛大に溜息を吐いた。勿論、心の中で。


あぁ・・・厄介事が増えちまった・・・


この場に立ち会った誰もが心の中で叫んだことは言うまでもない。

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