第21話

あぁ・・・ブライト様!なんて素敵なの・・・・

あの逞しい腕に、抱かれたい・・・はぁ・・・


隣にいる婚約者のアドルフが、誰を見て恍惚としながら何を妄想しているのかなど、リリアには関係なかった。

何故なら、既に彼女の頭の中では、ブライトに寄り添う自分がいるのだから。


リリア・フューラーは平凡な容姿をしてはいるが、己自身を良く分かっている女だった。

どう反応すれは男が喜んでくれるのか、どの角度が可愛く見えるのか、何を言えば手を差し伸べてくれるのか。

正にイライザと同じ天性の阿婆擦れ思考を持っていた。しかしそれは、彼女の母親の指導の賜物なのだと、父親でもあるフューラー男爵すらも気付いていない。


フューラー男爵はそう目立つような男ではなかったし、官職についてはいたが、たいして裕福でもなかった。

そんな彼の正妻が亡くなって一月も経たないうちに、愛人とその娘を迎え入れたのだ。

目立つことなど一切ない彼が、妻の喪が明ける前に再婚したことなど、貴族の間では話題に上ることもなかった。

だが、その娘がデビュタントの舞踏会に登場した事で、色んな意味で注目されるようになる。

まずはその娘の教養の無さが、異常なほど浮いていたのだ。イライザは阿婆擦れではあるが貴族令嬢らしい礼儀作法は完璧である。

だがリリアはまったくもって貴族令嬢らしさはなく、平民が貴族の集まりに迷い込んだかのように見るに堪えないものだった。

礼儀作法や貴族間での常識など全く無視したその行動だったが、物珍しさと貴族ではありえない自由さに惹かれたほんの一部の人間には受けが良かったりする。

そのほんの一部の中に王太子であるアドルフが入っていたのだ。

何かとリリアを贔屓し始めたのだから。そんな状況にフューラー男爵家では、意外にも大物が釣れたと大喜びした事は言うまでもない。

そんなアドルフも王太子ではあるが、その資質は上位貴族の間では疑問視されていた。

女癖の悪さ。勉強嫌いですぐに怠ける。そのくせ自分磨きだけは女性顔負けの執念を見せていた。

腰まである長い金髪はさらさらと、きめ細やかな肌は色白で、華奢な身体はスプーンより重い物を持ったことがないのではと思うくらい、女性の様な姿をしていた。

そのくせ女遊びは激しく、見た目だけで判断するのであれば、何処にそんな体力があるのかと思ってしまうくらいお盛んだった。

そして公務は勿論、女遊びでの問題などの後始末を婚約者でもあった公爵令嬢に丸投げしていたのだ。

元婚約者の公爵令嬢は才媛のほまれが高かった為に、彼が王太子でも何とかやっていけるのではという周りの思惑もあったのだが、自意識過剰な彼はあっさりと公爵令嬢を捨ててしまったのだ。

その時点で、彼は王太子の座から下ろされたも同然だったのだが、最後の恩情で名誉挽回の機会を与えられた。のだが、彼等はきっとその意味と重要性を知らない。

一番初めの訪問国であり親国でもあるカスティア国で問題をおこせば、速攻で廃嫡決定となる。

よって彼等の行動は常に監視されているのだ。当然、能天気な本人たちは気付いていない。


似た者同士の彼等。カスティア国の国王と王妃に其々それぞれ心を奪われてしまった。

そしてそれはとてもわかりやすく、周りを落胆させるには十分なものだった。


アドルフがアウロアに見惚れているのと同様に、リリアもブライトから目を離さず、恍惚と見惚れている。

だが、ブライトは本能的に彼女がイライザ黒歴史と纏う空気が同じだと感じ、謁見の間に入った瞬間からリリアはブライトの視界に入っていない。

本人にとっては非常に不本意で恥ずかしい事ではあるが、イライザで予習をしてしまう形となったのが功を奏したのだ。

二度と同じ轍は踏まないと常日頃から心の中に有る為、リリアだから、イライザだからと言うわけではなく、女性全般を不用意に近づけないようにしているのだ。

だが今はそれ以上にアウロアの事で頭がいっぱいなブライトは、リリアからの粘着性のある視線などに気付く事無く、隣のアウロアを見つめる事に心血を注ぐのであった。



謁見が終われば、リーズ国の王太子とその婚約者を歓迎する晩餐会が今夜開かれる。

しかも、盛大なものではなくごく小規模で。しかし、招待される貴族たちはこのカスティア国を支える主要人物ばかり。

というのも、リーズ国の国王より彼等に更生の余地があるのか、第三者の目線で見極めて欲しいと言われていたのだ。

二人は、リーズ国内では比較的真面目に過ごしていたらしい。

が、どうも要領がいいだけで何も成長していないという報告も上がっているようなのだ。

彼等二人の最期の審判を任されてしまったブライトは、正直な所、面倒くさいとしか思わなかった。

あんな見るからにアホな王子より、優秀と噂される第二王子を跡継ぎにすればいいじゃないか、と思うからだ。

だが、国王としては国民の事を思えば廃嫡ありきと理解していても、一人の父親としては最後までチャンスを与えたいと思っているのかもしれない。

バカな子ほど可愛いとは、よく言ったものだ。

だが、双子を溺愛する同じ父親として理解できないわけでもないので、このような酔狂な申し出に乗ったのだが・・・


「もう、既に決まった様なものだ・・・・」


ブライトが小さく呟いた。

今日の謁見での態度で、既に終わっているのだから。

元々彼等の各国訪問は、強行日程を強いている。というのも、長い時間その国に留まればボロが出てしまう。

ならば、一つ一つの国を短時間訪問し、全てをクリアすればいいのだと・・・何とも短慮な考えを王太子が提案したのだという。

その時点で『何故、廃嫡にしないんだ!』と、思わずブライトが叫んだのはつい最近の事。

「もしかしたら、最後の思い出作りに旅をさせてるのかもしれないね」

ヴィルトが疲れた様にこめかみをぐりぐり押す。

「でも、この国で躓いたら速攻、帰国のはずだけど?」

エルヴィンが今晩おこなわれる晩餐会の資料の最終確認をしながら、重々しく溜息を吐いた。

「何でこうも面倒を起こして、他者に迷惑をかけるんだ!あの国の人間は!!」

アドルフがアウロアを見るあの目を思い出し、ブライトはイライラした様に持っていた書類を机の上に乱暴に投げつけた。

「親だと思っていつまでも甘えられても困る。数百年経っても今だ自立できないなど・・・よく国として保っていられるものだ」

苦々しく呟きながら、ご先祖様もこんな風に迷惑をかけられまくっていたのかと思うと頭が痛くなる。

「これも我が先祖の怠慢の所為でもあるのだろうが・・・俺達の代で何とかしなくてはならないな」

溜息と共に吐き出された国王の言葉に、苦笑を浮かべながら頷くしかない側近なのだった。

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