第19話

エルヴィンが予言(?)していた通り、国王夫妻のはた迷惑な離縁騒動に、思っていたよりも早く終止符が打てそうな状況になってきた。

いや、頭を抱えていた諸々の問題が解決しそうな幸運の種が舞い込んできたのだ。


切っ掛けはリーズ国の王太子の訪問だった。

簡単にリーズ国の歴史を語るならば、世間ではカスティア国が親でリーズ国が子に例えられている。

というのも、実際にリーズ国は元はカスティア国の一部だったのだ。

数百年前までは、カスティア国は大陸一の面積を誇る大国だったのだが、その当時の国王が賜姓降下しせいこうかが決まった愛する弟に国の三分の一を与えたのだ。

アウロアの祖国も三分の一の領土を持っているが、当時の規模と比べれば可愛らしいものだ。

国を貰った弟もまた兄を愛し、国名を兄の名であるリーズと名付けた。

それ以後も深い親交が続いている二つの国は、数百年経った今でも親子国や兄弟国と他国から言われている。


そんなリーズ国からやって来る王太子は、齢二十五才とアウロアと同い年の、容姿だけは美しいと言われている青年だ。

この度の訪問の目的は、表敬訪問という名の醜聞払拭の為の友好国巡り。

その醜聞とは、リーズ国王太子の婚約破棄騒動の事を指している。

リーズ国王太子であるアドルフには許嫁がいた。リーズ国内でも美しいと謳われていた公爵家の令嬢だった。

だが、アドルフは元来女好きで、自分の容姿が他者より遙かに優れている事を全面に押し出し女遊びが激しかったのだ。

浮気三昧の彼だったが、ある日『真実の愛を見つけた!』と片腕にみすぼらしい娘をぶら下げ、公爵令嬢に婚約破棄を言い渡したのがちょうど一年前。

公爵令嬢も、アドルフの素行の悪さに辟易していた為、喜んで破棄を受け入れたと言われている。

そんな女好きの王太子の心を射止めたのは、男爵家の庶子である、礼儀知らずな娘だったという。

四角四面で面白みのない公爵令嬢と比べ、コロコロ変わる表情や、大きな口を開けて笑う天真爛漫さ、物怖じしない態度。何もかもが新鮮に映り、心を奪われたのだろう。

そして変な連鎖が貴族子息らに伝わり、リーズ国では恋愛下克上・・・つまりは身分差の恋が流行り、あちこちで婚約破棄がされているのだという。

その話を聞いた時ブライトは、他国への干渉は正直なところ気が進まなかったのだが、一応、親国としてこのままでは国が荒れるのではと心配し国王へ苦言を呈した事もあった。

それほどまでにこの話は全世界へと知れ渡り、リーズ国の立場を悪い方へと導いてしまっていた。

今思えば、そんな偉そうなことを言える立場ではないと、羞恥に悶えるブライト。

出来た妻や婚約者を持つと、頭の中に花が咲いている人に惹かれるのかもしれないなと、思わず経験上唸ってしまうのだった。


結果から言えば、アドルフは浮気相手の庶子と婚約をした。

本来であれば婚約どころか近づく事すら許されない身分差。

だが、彼等はその状況に酔いしれ恋愛ごっこを楽しむ。

国王の苦言も何のその。脳みその代わりに綿でも詰まっているのではないかと疑ってしまうほど、王太子たちはバカになっていく。

王族が何故、高位貴族と縁を結ぶのか。その意味すらはき違えている彼等に危機感を抱いた国王は、密かに第二王子を王太子に添えようと画策していた。

それほどまでに周りに色んな影響を与えた王太子の婚約破棄騒動。

その二人がカスティア国に来るという。

醜聞払拭もあるが、実質的には国王から最後のチャンスを与えられたのだ。現実を受け止めて対処しろと。―――本人たちはそれを自覚しているかは分からないが・・・


果たしてたった一年で、平民がどれだけの事を吸収できているのか・・・他国の目はとても冷ややかだ。

恥をかき、廃嫡されて終わりだろうというのが大方の意見だった。



そんな周りとは別の意味で此度の彼等の訪問は、ブライトにとってかなり警戒していた事は言うまでもない。

女好きのアドルフが、女神の様に美しいアウロアに惹かれないわけがないと。

ブライトは不安感を隠す事が出来ず、常にアウロアに纏わりついていた。

「アウロア、アドルフ王子が来たら、決して一人で行動してはいけないよ」

「陛下・・・心配し過ぎです。そんじょ其処らの男に私が負けるとでも?」

「違う!力云々の事ではない!・・・・その、彼はとても麗しい容姿をしているという・・・だから・・・」

「あら、陛下は私が迫られて、心変わりするのではと?」

アウロアは片眉を上げブライトを睨んだ。

「私は陛下と違いますので、離縁するまでは不実な事は致しませんわ」

サックリと言葉のナイフで刺されたブライトは、思わず膝を付いた。

「アウロア・・・俺とアドルフ王子を一緒にしないでくれ・・・ただでさえ、彼等の話を聞いて一月ひとつき前にやらかした黒歴史を見ている様で、いたたまれないのに・・・」

そう言いながら項垂れるブライトに、アウロアは一つ溜息を吐きながら彼の頬に手を添え上向かせた。

「そうですわね。一度ある事は二度ある・・・とも言いますし。一緒に来られる婚約者はイライザ様の様に陛下の御心をくすぐるかもしれませんわね」

ふふふ・・・と楽しそうに笑うアウロアに、ブライトはムッとした様に立ち上がり彼女を抱きしめた。

「それは絶対にない!俺はアウロア以外いらない!神に誓って・・・いや、アウロアと、イーサン、シャーロットに誓ってもいい!!俺は妻だけを愛すると!!」

鬼気迫る血走った眼で迫られ、アウロアはドン引きした。だが、子供達の名まで出して宣言した事に対しては、素直に嬉しいと思った。

「わかりましたわ。陛下のそのお言葉を信じましょう」

「アウロア!!」

そう言いながら、顔中にキスの雨を降らせるブライト。

鬱陶しそうに受け止めながら、すんなり彼の愛情を受け入れている事に気づきもしないアウロアは、心の中で一人ごちた。


陛下だけで手一杯なのに、これ以上の面倒事は御免被ごめんこうむりたいっての!


アウロアには厄介事認定されているとは知らず、幸せそうに愛しい妻に頬擦りするブライト。

そして、彼等が危惧していたように、すんなりと事は運ばなかったのだが、何が転じて福と成すのかなど誰も知る由もない。

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