第18話

有言実行の男。それがカスティア国王ブライト、その人である。(※本人談)


―――なんてかっこいい事を言ってはいるが、不用意な一言で愛する人を失いそうになり、必死にもがいているただの間抜けな男である。


カッコイイかは別としても、何が何でも成し遂げるという気概だけは伝わってくる。

アウロアがブライトに対し一年の猶予を与えた途端、彼は人が変わったかのように彼女に尽くす様になったからだ。

贈り物は当然のことながら、愛の言葉も顔を見る度伝えてくるブライトに、初めは引き攣った顔で『何の罰ゲーム!?』と騒いでいたアウロアだったが、今では諦めたかのようにそれを受け入れている。

そんな彼女の反応に調子づいたのか、ブライトは公的な事だけではなく、私的な事でもアウロアを常に傍に置き、離さない。

正直、今までが比較的自由だった彼女にとって、窮屈極まりない日常になってしまい、かなり不機嫌だという意思表示をブライトにぶつけていたが「俺には一年しかないんだ!悔いの無い一年を過ごしたいんだ!」と言われてしまえば、猶予を承諾してしまった手前何も言えなくなるというもの。

そんな彼女の不機嫌を物語るかの様に、ここ最近のアウロアとの剣の稽古では怪我人が続出しているという。


夜も、子供達と一緒に寝る事が多くなり、基本四人で寝る事が殆どだが、時には子供が一人抜け三人だったりと、わざとアウロアとの距離を縮めてくれたりする。

本当に親孝行な子供達で、ブライトはいつも子供等をぎゅうぎゅうと愛情いっぱい抱きしめるのだ。

元々子供達の事は溺愛していた。だがこれ以上もあるんだな・・・と言うくらい、アウロア同様子供達への愛情も留まる事を知らない、やり過ぎ感のあるブライトである。


そんな行き過ぎた愛情も子供達は嬉しいかもしれないが、アウロアにとっては重く鬱陶しいもの以外なにものでもない。―――今の時点では。

だが、人間とは変化していく環境に慣れていく生き物でもある。

今まで自由だったものが急に束縛され、そしてある日自由を得ると『あれ?何か物足りないぞ?』と思うくらいは、慣れていくものだ。

アウロアも例外ではなかった。

つまりは、それほどまでにブライトはアウロアに付きまとっているという事になる。


「アウロア、今日も美しいな。愛しているよ」

「アウロア、市井で評判のお菓子を買ってきてもらったのだ。子供達と食べないか?」

「アウロア、七日後にはリーズ国の王太子との謁見があるが、気を付けておくれ。彼は稀に見る美貌で数多の女性を虜にし、食い散らかしているという。どうか、俺だけを見ていておくれ」

「アウロア、陛下などと他人行儀な。二人でいる時はブライトと呼んでほしい」


アウロア、アウロア、アウロア・・・・・


「あぁぁぁ!限界よっ!もう、無理っっ!!」


頭を掻きむしりながらソファーに倒れ込むアウロアに、「まだ、一か月しか経ってないんだけど」とエルヴィンがゆったりとお茶を飲んだ。

「だってエルヴィン!たった一ヶ月でこれよ!?何かの一つ覚えみたいに人の名前連呼してさ!つきまとってさ!これが一年も続くの?!勘弁してぇぇ!!」

「なら、お嬢も陛下に歩み寄ればいいじゃないか」

「はぁ?何言ってんの?何で私が譲歩しなきゃいけないのよ」

「いや、譲歩じゃなくて歩み寄り」

「似たようなもんよ!!」

アウロアは今の所、ブライトに歩み寄る予定はない。その気がないから。

この一年は子供と向き合うために使おうと思っていたのだから、ブライトなど初めから相手にしていないのだ。

これまで同様、冷たい態度をとっていれば、いずれは諦めて離れていくだろうと思っていた。なのに・・・

「何なの、あの無駄に図太い神経!この間まで、心の拠所を持とうとしてたあれは何だったの??中身、誰かと入れ替わってる??」

どんなにつっけんどんに返しても、興味が無いと返しても、めげないのだ。

「私のこれまでの態度が嫌だったのよね?なのに、何で嬉しそうにしてるの?あの人、頭のネジ飛んじゃった?!」

「それは流石に不敬なのでは?」

「何言ってんの。エルヴィンだってそう思ってるくせに」

「いや~、お嬢バカになった事には、あまりに想像以上で驚いてるけど、元々あんな感じでしつこいよ。あの人は」

そう言いながら、クッキーを頬張るエルヴィン。

「うっそー!色々淡白な方だと思っていたけど・・・・・」

そこまで考え、まだ閨を共にしていた時の事を急に思い出し思わず赤面する。

子供が出来るまでブライトは、ほぼ毎日のようにアウロアを抱いた。

その時の状況もあるが、淡白などという言葉など彼の辞書にはないのではないかと思うくらいしつこかったのだ。


あの時の事を思えば・・・確かに、しつこいタイプよね。うん、淡白ではないわ。

ここ数年ご無沙汰だったから、すっかり忘れてたわ。


「いっその事、流されてあげたらいいんじゃないか?此れから先、陛下は浮気は絶対ないと思うぜ。どっちかと言うと、愛が重いかもなぁ」

「えぇ~、それはちょっと・・・・」

「それに意外と、一年かからずにこの問題解決するかもしれないし」

「え?離縁できるって事?エルヴィンの予想って、意外と当たるのよね」

と、嬉々として離縁後に思いを馳せるアウロアに、エルヴィンは返事を返すことなくクッキーをもう一枚口の中に突っ込んだ。


いや、離縁じゃなくて復縁の方だよ・・・・まぁ、お嬢には言えないけどな。


アウロアに話してしまえば、頑なに離縁を押し通そうとするのが目に見えるから、エルヴィンは菓子を食べる事で誤魔化す様に沈黙を貫く。

当のアウロアも、それ以上追及することなく、自分勝手な思い込みで自分勝手な未来予想を妄想している。

そんな彼女を横目に、周りを巻き込む迷惑極まりない離縁騒動に、早く納まるべき所に納まって欲しいと、こっそりと溜息を吐いたのだった。



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