第1064話 邪神降臨の前日

 ロシアの発表を聞いた世界の人々は、最初は驚くと同時に疑った。本当に邪神が降臨するなど信じられなかったのだ。


 だが、その日の夜から大勢の人々が悪夢を見るようになった。それは邪神が近付いた事で邪気を感じ始めた人々の反応だった。その悪夢は夢とは思えないほどリアルで強烈だった。悪夢を見ただけで精神的におかしくなった人も居るという。


 それもあって邪神が降臨するのは、本当なのではないかという者が増えてきた。その日から世界中の国家が機能不全を起こした。一割ほどの人々が仕事を放棄してしまったのだ。


 悪夢を見なかった者は、夢くらいで何をしていると思った。だが、その悪夢は人の精神に大きな傷をつけるほど強烈だった。


 邪神降臨の発表後、一日で社会不安が広がった。但し、まだパニックにはなっておらず、暴動も起きていない。ところが、二日目になると悪夢を見た人が増え、パニックに陥る人々が増えた。そして、世界各地で暴動が起き始める。


 各国政府は暴動を鎮めようと国民に呼び掛け、警察を動員して暴徒を逮捕させた。その頃からシェルターや避難場所を用意していた者たちが移動を開始した。日本でもシェルターに避難したい人々が大勢おり、政府が建設したシェルターに避難させるように求めた。


 だが、日本の本格的なシェルターは政府が造ったものだけで、絶対的な数が少ない。ただ渋紙市においては、グリーンアカデミカのメンバーとその家族がグリーン館のシェルターに避難を開始した。


 渋紙市にある佐々木家では、父親と母親が避難に必要な物を荷造りしていた。

「お姉ちゃん、僕たちどこに行くの?」

 佐々木イブキが姉のチサトに尋ねた。チサトは不安そうな弟に優しく微笑み掛けた。

「グリーン館よ。邪神が来るそうだから、グリーン館に避難するの」

「でも、テレビで生き残るには、政府が造ったシェルターに入るしかないって、言っていたよ」


「グリーン館にもシェルターがあるのよ」

「へえー、そうなんだ」

 荷造りが終わった佐々木一家は、歩いてグリーン館に向かった。道路は人通りが多かった。その人たちは荷物を持って駅に向かっている。地方に避難しようと考えているのだ。誰も都会より地方が安全だと言っていないのだが、多くの人々がそう判断した。


 グリーン館にシェルターがあるというより、要塞化されてシェルターになっているというのが正解である。だが、説明が難しくなるのでメンバーの家族にはシェルターがあると伝えてあった。


 グリーン館の前でアリサの家族とチサトたちは一緒になった。アリサの家族は偶にグリーン館へ来ていたので、チサトとも知り合いだった。


「あらっ、チサトちゃんも避難して来たのね」

「はい、外は危なくなるという話でしたから」

「学校はどうなったの?」

「臨時休校になりました。地方に避難する先生たちも多いみたいです」


 ロシアの発表から二日で、そんな事態になるなど異常だった。だが、政府がシェルターを建設し、民間でもシェルター建設が盛んになっていたほど不安が溜まり続けていた。ロシアの発表と悪夢は切っ掛けにすぎなかったのである。


 グリーン館の入り口は厳重に封鎖されていた。しかし、チサトが声を掛けると警備用シャドウパペットが覗き窓から顔を覗かせてチサトたちを確認する。


 ドアが開いてチサトたちを入れるとすぐにドアが閉じた。

「やけに厳重だな。自衛隊の施設のようだ」

 チサトの父親が言った。それを聞いたアリサの父親が苦笑いする。

「アリサに聞いたのだが、ここがシェルターだと分かると、人々が押し寄せてくるだろうと言っていました」


「そうかもしれませんね」

 チサトたちは地下に造られた部屋に行って荷物を置くと、グリーン館のロビーへ向かう。そこには大型のテレビがあり、避難してきた人たちが見ていた。そこにはアリサも居り、虎太郎をあやしながらテレビを見ている。


「アリサさん、何かあったんですか?」

 チサトが尋ねた。アリサが溜息を漏らす。

「ニューヨークと北京、パリ、ロンドンに、多数の巨大な鳥の邪卒が現れたそうなの」


 その邪卒の映像がテレビに映し出された。ワイバーンに似ているが、灰色の羽毛と羽根に覆われた怪鳥だ。その大きさは全長三メートル半ほどで、長いくちばしを開けるとロンドンの街に向かって火の玉を放った。それがビルの窓から内部に飛び込むと爆発した。


「焼夷弾……」

 テレビを見ていた誰かが声を上げた。爆発した火の玉は焼夷弾のように炎を周りに撒き散らしたのだ。そして、ロンドンの空を飛んでいる十数匹の怪鳥が次々に焼夷弾を街に放った。短時間でロンドンの街が炎に包まれ、まだ避難していなかった住民が悲鳴を上げながら逃げ出し始める。


「地獄だな」

 チサトの父親が声を上げた。それを聞いた母親がアリサに尋ねる。

「ここは上から攻撃されても大丈夫なんですか?」

 アリサが優しく微笑み頷く。

「大丈夫です。ここは邪神の配下が現れると同時に、『トランスファーバリア』を作動させる事になっています」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 同じ頃、神域ではダンジョン神と烏天使が話をしていた。

【準備は終わっておるか?】

 ダンジョン神が烏天使に確認した。

【はい。邪神を迎える準備は整っております】

【ならば、よし】

 ダンジョン神は視線を宇宙に向けた。そこには地球に向かって飛んでいる邪神の姿があった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る