第1055話 ジョンソンは道場の床が好き

 三橋師範はジョンソンの実力を確かめてから、何を優先して教えるかを決めた。本当は基礎からじっくりと教えたいのだが、邪神がいつ降臨するか分からない状況では短期間に教えられる事だけを詰め込むしかなかった。


 そこでナンクル流空手の基本である構えを教えた後に、突きの中から直突き、鉤突き、下突きの三つを徹底的に指導する事にした。この三つの突きは、ボクシングで言うストレート、フック、アッパーになる。


 それらの攻撃に対する防御である受け技も教える。ただ三橋師範の教えは分かり難いので、俺が解説した。それを聞いたジョンソンは理解し、三橋師範の教えを吸収する。


 ジョンソンは三橋師範に向かって何度も何度も突きを放ち、そのたびに指摘を受けながら正確な技を身体に刻み込んだ。短時間の休憩を挟みながら練習は行われたが、最後には腕が上がらなくなるほど厳しい練習だった。


 近い間合いの突きが正確に打てるようになったジョンソンに、三橋師範は遠い間合いからの突きを教え始めた。


 ナンクル流空手の足捌きには独特の工夫があるので、それを教え込む。これは『疾風の舞い』の基礎となる技が含まれていた。


 本当なら『疾風の舞い』も教えたかったのだが、時間的に無理だと三橋師範は判断したようだ。

「ちょっとキツすぎるんじゃないか?」

 ハアハアと肩で息をするジョンソンが、俺に向かって愚痴る。それを聞いて苦笑いした。

「短時間で教え込もうというのだから、仕方ないさ」


 流れ落ちる汗をタオルで拭いたジョンソンが、腕に出来た痣を見て顔をしかめた。三橋師範に向かって突きを放つと外腕受そとうでうけ下段払げだんばらいなどの受け技で捌かれるのだが、それが痛いのだ。防御の受けが攻撃になっているとジョンソンは感じた。


 ジョンソンが足捌きを覚え、遠い間合いから跳び込んで突きが打てるようになると、三橋師範はカポエイラの技と突き技、それに足捌きを融合した戦い方を指導した。


 特に遠い間合いから跳び込んで攻撃する技は、魔物との戦いに応用できると考えたようだ。生活魔法使いなら『ホーリーブロー』と組み合わせた攻撃、魔装魔法使いなら魔導武器と組み合わせた攻撃が可能になる。


 跳び込んで一撃を加えたら、『カタパルト』などで離脱する。もちろん一撃で倒すのが理想であるが、タフな魔物は数多く居る。


 俺にとってもキツイ練習が終わると道場の床に座り込んだ。ジョンソンは床に倒れている。

「鬼だ。日本に鬼が居た」

「そう思う気持ちは理解できるが、師範に失礼だぞ」

 俺が言うと、ジョンソンが腑に落ちないという顔をする。


「師範は、もう結構な歳のはずだろ。何であんなに動けるんだ?」

 その疑問を聞いた俺は、いくつか思い当たるものがあった。一つは『若返りの泉の水』だ。三橋師範はそれを飲んで五歳ほど若返っている。但し、それを計算に入れても若い。その他に考えられるのは、樹海ダンジョンのミカンや鳴神ダンジョンの蟠桃などのダンジョン果物だ。俺はそれらを三橋師範に贈っている。


 それらの果物を食べた三橋師範は、若返ったように思えたのだ。ダンジョン果物の件だけをジョンソンに伝えた。


「馬鹿な。ダンジョン果物に全身が若返る効果なんかないぞ」

「一つ一つの果物には、全身を若返えさせる効果はないけど、樹海ダンジョンのミカンは皮膚を若返らせる効果があるし、鳴神ダンジョンの蟠桃は血管を再生させる効果がある。それらの相乗効果で全身が若返るという事があるかもしれない」


 ちなみに俺があちこちのダンジョンで採取したダンジョン果物は、蟠桃とミカンだけではない。梨やイチゴなどもある。それらのどの組み合わせが、若返り効果があるのかは分からない。


 それを聞いたジョンソンは、俺が採取したダンジョン果物を聞いてメモしている。たぶん自分で採取して食べるつもりなのだろう。


「なるほど、グリム先生が若く見えるのも、その御蔭という訳なのか」

 俺の外見も非常に若く見えるようだ。そのせいで若造扱いされる事もあるが、アリサは喜んでいるようだ。


 ジョンソンがナンクル流空手の足捌きを覚えると、俺とジョンソンは、頻繁に三橋師範と組手をするようになった。練習が終わると、やはりジョンソンは床に倒れている。


「そんなに床が好きなのか?」

 俺が冗談で尋ねると、ジョンソンが横になったまま頷いた。

「この感触、ひんやりとした肌触りは最高……な訳ないだろ。好きで倒れている訳じゃない」


 それを聞いて笑った。俺たちはシャワーを浴びて着替えると、グリーン館に向かった。ジョンソンはグリーン館の客室に泊まっているのだ。


「グリム先生、このバタリオンだけに公開しているという生活魔法があるのか?」

「バタリオンの秘匿魔法、もちろんある」

「なら、私もバタリオンに入れてもらおうかな」

 清々しいほど打算的な理由だったが、俺は受け入れる事にした。A級二十位以内の冒険者が二人も居るバタリオンなど世界でも初めてだろう。


 ジョンソンの肩から放たれる神威エナジーから、ダンジョン神がジョンソンに目を付けているのは確実だ。邪神戦の七人に選ばれるのなら、できる限り強くなって欲しい。


 と言っても、ジョンソンの魔法レベルは『21』になったばかりだ。もう少し魔法レベルを上げないと邪卒王に有効な『クーリングボム』を習得するには足りない。


 そこでジョンソンと一緒に鳴神ダンジョンへ潜り、魔法レベルを上げる事にした。鳴神ダンジョンは三十一層まで攻略されている。三十二層に向かった冒険者たちは、三十二層の荒野で遭遇したストームドレイクの群れに苦戦しているという。


 水月ダンジョンではファイアドレイクを苦労して倒したが、同じ強さのストームドレイクが群れになって襲って来るらしい。


「そのストームドレイクを片っ端から薙ぎ倒し、魔法レベルを上げようという事か?」

 ジョンソンが確認した。俺は頷く。

「その通り」


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