第1051話 邪神とグリム

 ダークセベクに向かって放った神威エナジーは、俺の意識と繋がっていた。なので、ダークセベクが空間を捻じ曲げて邪神を召喚しようとした時、その神威エナジーまで空間を飛び越えて邪神まで届いた。


 その時、邪神はすぐに神威エナジーに気付いたようだ。だが、地球に召喚される事を、邪神は優先した。邪神は俺の意識を秘めている神威エナジーを無視し、捻じ曲がった空間に飛び込んだ。


 この時、俺は『神慮』の躬業を使って並列思考が可能になる二次人格と三次人格を作り出し、それぞれに仕事を与えていた。二次人格には神威かむい月輪観がちりんかんの瞑想を行わせて神威エナジーを取り込ませ、三次人格にはダークセベクとの戦いを任せた。


 主人格である俺は、空間を飛び越えて邪神を心眼で解析していた。すぐに分かったのが、邪神は長い封印により弱っているという事だ。そうでなければ、分体とダンジョンコアの力を使って召喚などという方法で地球に行こうとはしなかっただろう。


 邪神自身の力で空間を捻じ曲げ、地球まで飛んだに違いない。邪神が本来の力を取り戻すには、数百年の歳月が必要だった。だが、そんな時間をダンジョン神に与えたら、ダンジョン神も力を取り戻してしまう。


 邪神ハスターがダンジョン神の翼に与えた『呪詛じゅその一撃』は、翼を斬ったらすぐに回復するというほど甘いものではなかった。ダンジョン神の回復には数十年の歳月が必要だった。回復するのに、邪神は数百年、ダンジョン神は数十年。


 邪神はダンジョン神が回復する前に勝負を仕掛けるように計画を練った。その一つが邪神の分体を地球に送る事だった。


 そんな計画はぶっ壊してやる。俺は召喚を中断する方法はないか考えた。そして、邪神の傍にある神威エナジーを爆発させようと考えた。それも単なる爆発ではダメージを与えられないので、空間振動波をイメージしながら空間自体に干渉するような爆発ができないかと検討した。


 その結果、できそうだという結論に達した。手順を整理して慎重に神威エナジーを爆発するように加工する。そして、最後の瞬間に自分の意識を元の身体に引き戻した。このままでは爆発に巻き込まれるからだ。


 俺の意識が身体に戻った瞬間、ダークセベクの身体が爆発した。邪神のところで起きた爆発が、地球に居るダークセベクにまで影響を及ぼしたらしい。


 退避する時間もなく、俺は体内を循環している神威エナジーを全身から放出する。その状態で爆風を受け、吹き飛ばされた。空中を舞いながら『エアバッグ』を発動して無事に着地。


 爆発の音でエルモアと為五郎が目を覚ました。

『大丈夫ですか?』

 メティスが心配してくれた。

「ああ。神威エナジーを緩衝材の代わりとして放出したから、それが守ってくれたようだ」


 ダークセベクが倒れていた場所を見ると、大きなクレーターになっていた。エルモアがまだ気を失っているジョンソンとハインドマンに目を向けた。


『どうしてグリム先生だけ、気を失わなかったのでしょう?』

「いろいろあったから、俺の精神は普通の人より頑丈なんだ」

『なるほど。納得しました』

 簡単に納得されるのも、どうなんだろうと思ってしまう。しかし、『霊魂鍛練法』や神威月輪観の瞑想により精神を鍛えているのをメティスは知っている。


『お二人のために、救急車を呼ぶべきでは』

 倒れているジョンソンとハインドマンを見て頷いた。

「冒険者ギルドの職員や軍が見張っているはずだ」

 その直後に冒険者ギルドの職員らしい人物が走って来た。


「ダークセベクを倒したのですか?」

「ああ、ダークセベクは倒した。それより救急車を呼んでくれ」

 そのギルド職員は急いで救急車を呼んだ。しばらくして救急車が到着し、ジョンソンとハインドマンを乗せて病院へ向かった。


 残った俺は、職員の車で冒険者ギルドに案内され、支部長室で報告する事になった。

「疲れておられるのは分かっているのですが、休む前に報告をお願いします」

 ジョンソンとハインドマンが病院に行ったので、報告できるのは俺しか居ない。仕方なく初めから報告した。クレイトン少佐が死んだ事を報告すると、支部長が暗い表情を浮かべる。


「軍に無理を言って参加してもらったのです。……亡くなられたのですか」

 沈痛な表情を浮かべた支部長が言った。

「ダークセベクは、邪卒ではなかった。邪神の分体で誰かが召喚したらしい」


 支部長が驚いた顔をする。

「本当ですか? どうやって分かったのです?」

「情報の入手経路は教えられない。だが、事実だ。ロシアの動きを調べた方がいい」


 支部長が腑に落ちないという顔をする。

「どうしてロシアなのです?」

「召喚石を所有しているのが、ロシアだからだ。たぶん近くで召喚の儀式みたいな事をしたはずだ」


 それからメサダンジョンが消滅し、ダークセベクを倒したところまで報告した。

「ダークセベクが、ダンジョンコアを手に入れようとしたのは、どうしてでしょう?」

「あいつはダンジョンコアを利用して、邪神本体を地球に召喚しようとしたんだ」


 それを聞いた支部長の顔が青褪める。

「邪神の分体でさえ、あれだけの被害を出したのに、邪神が現れたなら……」

 ダークセベクの出現により、四千人近い人々が死傷したという。一つの街が半分ほど崩壊し、大勢の死者を出した事で、アメリカもダークセベクの件は重大だと考えているようだ。なので、少しでも情報を得ようと、俺に何度も説明を求めた。


 支部長から始まり、軍の関係者、政府の役人などに説明するとさすがに疲れた。アメリカ政府は警察と軍を動かしてロシアの動きを捜査し、ロサンゼルスの郊外にある教会でロシア人と思われる集団が、おかしな事をしていたという目撃者を探し出した。


 そして、その集団の中に影の大統領ルカショフに似た人物が居た事を突き止めた。アメリカ政府は徹底的に調べ、その人物がルカショフだと確信した。ただルカショフは逃げた後だった。ロシアに抗議したくても、決定的な証拠がなかった。召喚石もロシアに持ち帰ったようだ。


 それを聞いた俺は、すぐに召喚が行われる事はないと判断し、帰国するために飛行機に乗った。

『邪神はどうなったと思いますか?』

 飛行機の中でメティスが尋ねた。

「あの爆発くらいでは、邪神は死なないだろう。ただ召喚は中断できたと思う」


『あの捻じ曲げられた空間から、邪神がどこに出たのかが問題ですね』

「そうだな。最悪地球の近くという事もあり得るぞ」


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