第1008話 鬼神ルベルティ
ルベルティとエルモアが衝突した。ドンという交通事故のような音が響き渡り、百八十キロの体重があるエルモアが、後ろに撥ね飛んだ。ルベルティの体重はエルモアの半分ほどしかないと思われるので、異常だった。
但し、ルベルティの身体も弾き飛ばされた。
「あなた、本当にルベルティで間違いないの?」
起き上がったルベルティに、千佳が英語で確認した。
「ふん、私が変わったと言うのか」
ルベルティが笑った。
「何がおかしい?」
「私の変化は神への進化だよ。三つの神薬を飲んで神になるのだ」
冒険者の間で、不老不死薬アムリタと万能薬エリクサー、それと霊薬ソーマの三つを服用すれば、神になるという噂が広まった事があった。ルベルティはそれを信じているらしい。
三つの神薬を服用した事が、ルベルティの変容に関係しているのか、千佳は気になった。千佳は家の近くから空き地へルベルティを誘導した。
「刑事さんたちは、家の中を調べて」
ルベルティを家から引き離すのに成功した千佳は、刑事たちに指示した。刑事たちが家に入るのを確認した千佳は、ルベルティに向かって愛用の木刀を取り出す。
それを見たルベルティが鼻で笑う。
「もしかして、私を捕まえようなどと考えているのか? お前は分かっていない」
ルベルティという名前の冒険者が活躍したという記憶がないので、冒険者だったとしても大したものではなかったはず。なのに、ルベルティは傲慢な態度を改めようとはしない。そこが不思議だと千佳は感じた。
ルベルティと千佳たちは、空き地の中で向かい合っていた。千佳は驚くほど速い踏み込みで間合いを詰め、木刀をルベルティの肩に叩き込んだ。肩の骨が折れる音がしてルベルティが顔をしかめるが、反応はそれだけで肩はすぐに元通りとなった。
「あなた、人間をやめているの?」
「私は神になると言ったはずだ」
神というより鬼に近付いているように見える。その直後、エルモアが踏み込んで右の拳でルベルティの頭を殴った。ルベルティはその打撃に耐えた。やはり人間をやめている。
千佳とエルモアは二人がかりで袋叩きにした。
「があああーー!」
ボコボコに殴られたルベルティが吠えながら手足を振り回して暴れた。千佳とエルモアは一旦距離を取る。その時、ルベルティが収納アイテムから指輪のようなものを取り出し、左手の指に嵌めた。
すると、ルベルティの身体が変化を始めた。細かった筋肉が膨れ上がり、額から一本の角がせり出す。顔が本物の鬼のように変化した。
「こいつが言っていた神は、鬼神だったの?」
その変化に驚いて唖然としていた千佳が呟いた。ただルベルティであっても鬼神になりたいとは思わないだろう。
「あの指輪は、呪いの指輪だったのかもしれません。だとすると、正気だとは思えません。……それより変化が終わる前に攻撃しましょう」
とエルモアが冷静に言う。捕まるのが嫌で呪いの指輪を使ったとエルモアは思ったのだ。
千佳は七重起動の『サンダーボウル』を発動し、放電ボウルを叩き込む。七重起動だと人は死ぬが、これくらいの威力でないとルベルティには効かないと思ったのだ。それに周囲の家や住民に被害が出ないように気を使う必要があるので『サンダーボウル』を選択した。
エルモアが『サンダーボウル』の結果を待たずに、七重起動の『カーリープッシュ』で攻撃した。放電ボウルが命中したルベルティが吠え、次の瞬間に『カーリープッシュ』の聖光反射プレートがルベルティの顔に激突して撥ね飛ばす。
エルモアはルベルティを人間ではなく魔物だと判断したようだ。刑事たちはルベルティが居た民家に入って調べた。
「この家の家族全員が殺されています」
刑事の報告を聞き、千佳はルベルティの捕縛を諦めた。つまり殺すつもりで戦うという事だ。グリムならもっと早く決断したかもしれないが、千佳とでは経験が違う。
それにしてもルベルティの行動が腑に落ちないと千佳は感じた。刑事に見付かり殺す、というのは理解できる。しかし、その後の行動が遺体を放置して逃げるというのは馬鹿なのかと思う。
放置するくらいだったら、収納アイテムに仕舞えば良かったのだ。その時にはもう正常な判断力を失っていたのだろうか? その後も近くの民家に忍び込んで住人を殺して隠れるなど行動がおかしい。
エルモアの魔法で撥ね飛ばされたルベルティが全身から膨大な魔力を放出する。千佳は『マナバリア』の魔力バリアを張る。エルモアも魔力バリアの陰に入った。
ルベルティから放出された魔力が特大の魔力弾を形成して発射された。単純な衝撃には強いはずの魔力バリアが、特大魔力弾を受け止めて揺らいだ。その魔力弾には馬鹿げた量の魔力が込められていたのである。
「ルベルティを殺さないで」
刑事の一人が言った。
「こいつはもう人間じゃないから、無理よ。拳銃でも殺せなかったでしょ」
そう言い返された刑事は、唇を噛み締めた。
そう言っている間に、エルモアが『ニーズヘッグソード』を発動して空間振動波の刃をルベルティに振り下ろす。ルベルティは後ろに跳躍して避けようとしたが、一瞬遅く肩から胸にかけて切り裂かれた。血が噴き出して倒れたルベルティに刑事が駆け寄る。
「近付かないで!」
千佳が鋭い声で言うと、刑事の足が止まって千佳の方へ視線を向けた。
「ですが、生死を確かめないと……」
見当違いな事を言っている刑事が視線をルベルティに戻した時、ルベルティの手が動いて刑事の足を掴んだ。そして、立ち上がったルベルティが悲鳴を上げる刑事を放り投げる。ルベルティの胸の傷が急速に元に戻り始めていた。
エルモアが落ちて来る刑事をキャッチする。他の刑事たちがホッとしてルベルティに目を向けた。
「うわっ、血管が自分で動いて繋がった。気持ち悪い」
その間に千佳が『ホーリーファントム』を発動し、ホーリー幻影弾をルベルティに放った。狙ったのはルベルティの腰である。
ホーリー幻影弾を水平に撃つと背後の家を壊しそうだったので、少し斜め下になるように狙う。命中したホーリー幻影弾が、ルベルティの腰を粉々にして上半身と足が二つに分かれた。
千佳は仕留めたと思った。だが、二つに分かれた上半身と足が藻掻き近付いて行く。ホラー映画を見ているような気分になり、千佳が顔をしかめた。一方、刑事たちの顔からは血の気が引いている。
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