第1007話 化け物ルベルティ

「ルベルティは、なぜ倉庫の近くへ行ったのだと思う?」

 千佳がエルモアに尋ねた。

「倉庫に武器を隠しているのでしょうか」

「警察も調べたはず、武器があったらニュースになっていると思う」


 倉庫へ行った千佳たちは周辺を調べた。すると、倉庫の近くに小さな公園があるのに気付いた。エルモアが公園の方へ向かう。


「あの公園に何かあるの?」

 千佳が尋ねた。すると、エルモアが鼻をヒクヒクさせる。

「公園から血のニオイがするのです」

 エルモアにはソーサリーノーズが組み込まれているので、犬並みの嗅覚を持っている。公園には遊具と雑木林があった。エルモアは迷う事なく雑木林へと足を進めた。


 遊具がある場所には子供と親らしい大人が数人ほど居るが、雑木林には人影がなかった。雑木林に入ってすぐに男の遺体を発見した。ねじ切ろうとしたかのように、首が細く変形していた。


「殺した者は、人間ではないかもしれません」

 エルモアが首を傾げた。千佳は厳しい顔になり、遺体を見詰める。

「公衆電話を探して警察に連絡して来るから、エルモアはここで見張っていて」

「分かりました」


 一人になったエルモアは、周囲のニオイを嗅いだ。すると、遺体から五メートルほどの草むらから強く死んだ男のニオイがした。それだけではなく別な人物のニオイも残っている。


「ここで争ったようですね」

 エルモアは遺体ではない人物のニオイが気になった。ただ千佳から見張れという指示があったので、ニオイを追う事はしない。


 そうしているうちに千佳が警官を連れて戻って来た。公衆電話を探している時に、警官と会って事情を話したのだ。


「あなた方は第一発見者という事ですね?」

 警官がエルモアへ視線を向けてビクッとする。

「彼はシャドウパペットです。しかもグリム先生が作ったものなんです」


 グリムの名前は知っていたようで、警官が驚いた顔をする。その警官が遺体を見て声を上げた。

早田はやたさん……」

「知っている人なんですか?」

 千佳が尋ねると、死んでいる男は刑事だそうだ。ルベルティを捜索していたと言っていたので、遭遇して逆に殺されたのかもしれない。


 警官はアナログ警察無線で警察署に報告した。すぐに鑑識と刑事が駆けつけるだろう。

「すみません、一つ気になる事があるんですが」

 エルモアが千佳に声を掛けた。

「何?」

 エルモアは先ほど見付けた場所を指差す。

「あそこで二人の人間が争った痕跡があるのですが、犯人らしき人物のニオイを追跡したいのです」


 それを聞いた千佳は、エルモアにソーサリーノーズが組み込んである事を思い出した。千佳自身は警察の許可がないとこの場所を離れられないので、エルモアに追跡するように頼んだ。


 エルモアだけで犯人を追跡する事になった。ちなみに、犯罪でない限りシャドウパペットの行動を規制する権限は警察にはなかった。エルモアはニオイを追跡して港の方へ向かった。この辺は自衛隊の施設も多い。それらの施設を左手に見ながら進んだエルモアは、ニオイが一軒の民家に入ったのを確認した。


 これ以上はエルモアの判断で捜索を進められない。エルモアは公園に戻って千佳に相談する事にした。メティスも千佳に相談する方が良いという意見だった。


 公園に戻ると現場には警察の黄色い規制テープが張られていた。千佳は規制テープの外で刑事から事情聴取を受けていた。エルモアは事情聴取が終わるのを待ってから千佳に歩み寄る。


「何か分かった?」

「犯人らしき人物が、民家に入ったようです。どうしますか?」

「ダンジョンだったら、問答無用で飛び込んで捕まえるのだけど……」

 千佳は刑事たちに目を向ける。地上で同じ事をしたら、警察に捕まってしまう。


 考えた末に情報を刑事に伝える事にした。初めは疑っていた刑事たちだったが、エルモアがグリムが作ったシャドウパペットだと知ると確かめてみる事にしたようだ。


 その民家の住所をエルモアは知らないので、道案内する事になった。エルモアと千佳の後ろに四人の刑事が付いて歩く。犯人が潜んでいるらしい民家の近くまで来て、エルモアがニオイを嗅いだ。風向きが変わり、民家の方から風が吹いて来たのだ。


「先ほどは気付きませんでしたが、あの家の中から血の臭いがします」

 それを聞いた刑事たちが急いで民家のチャイムを鳴らす。すると、中からドタドタと騒がしい音が聞こえてきてから、ドアが開いて手を真っ赤に染めた外国人が現れた。血臭が漂ってきた事と、外国人の顔が醜く歪んでいる事から、異常事態だと分かる。


「その血はどういう事だ?」

 その外国人がニタッと笑う。千佳はグリムからルベルティの容貌を聞いていた。その容貌に外国人の顔が当て嵌まらないと感じた。


「美味しいですよ」

 その言葉を聞いて意味が分からなかった。だが、その外国人が手に付いた血をペロリと舐めるのを見て、意味を悟ると刑事たちの顔が青くなる。


 突然、外国人が全身から強烈な殺気を放射した。それを浴びた刑事たちが拳銃を取り出して外国人に向ける。ルベルティたちはテロリストと認定されているので、拳銃の携帯許可が下りていたのだ。


「このルベルティ様に、逆らおうと言うのか?」

 顔は変貌していたが、やはりルベルティだったようだ。但し、ルベルティは壊れていた。

「まさか、不老不死薬のアムリタを飲んだ影響なの?」

 千佳はアムリタを飲んだパルミロが、最後には半邪神となったとグリムから聞いていた。


 耐え切れなくなった刑事の一人が拳銃の引き金を引いた。その銃弾がルベルティの胸に食い込んだ。ルベルティは平気な顔で銃弾を胸から取り出して捨てた。


「私は神になったのだ。そんなもので殺せると思うか?」

 それは正気の者の目ではなかった。不老不死薬アムリタは正しい使い方をすれば、神へ至る神薬にもなるものだ。しかし、力だけを欲する者が服用すれば、精神が崩壊して化け物へと変貌する。


 ルベルティはドアを引き千切って投げ捨て、近くの刑事に突進した。その瞬間、エルモアが跳躍してルベルティの突進を受け止めた。


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【書籍発売カウントダウン】


 『生活魔法使いの下剋上 3巻』発売まで……後1日。


 コミック版『生活魔法使いの下剋上 1巻』が発売されました。こちらもよろしくお願いします。


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