第1006話 千佳とエルモア

 その瞬間、『アキレウスの指輪』に魔力を注ぎ込んで素早さを強化した。五倍ほど素早くなった俺は、五人の動きをD粒子センサーを使って確認しながら動き出した。


 五人の拳銃を持った手が、ゆっくりと俺に向かって動き出している。拳銃の銃口を躱すように左に回り込んで、一番左に立っている男の懐に跳び込んだ。


 その男の目は俺が最初に立っていた入り口に向けられている。俺が動いた事に気付いていないらしい。全力で掌底を男の顎に叩き込み、崩れ落ちるところに逃げ出せないように太腿にローキックを叩き込む。


 俺の右足の脛が男の大腿筋にめり込み、筋肉の繊維をミチッと切断する感触を感じた。射撃音が耳に届く。但し、音が低く間延びして聞こえた。引き金を引いたのは、残り四人のうちの一番近い位置に居る男だ。


 その男の腹にフックを叩き込み、銃を握っている方の手首に鉄槌てっついを振り下ろす。鉄槌というのは拳を握った時の小指側の側面の事だ。拳銃が手から離れて宙を舞う。


 倒れようとする男の腰を蹴り、横に立っている男目掛けて飛ばす。四人目の男が、俺に銃口を向けようとしていた。トリプルプッシュを発動してD粒子プレートを男の顔に叩き込んだ。


 残った一人が俺に向けて引き金を引いた。但し、一瞬前まで居た場所に向けてだ。俺は一瞬早く踏み込んで、男の膝に斧刃脚を叩き込むと膝関節を破壊。崩れ落ちようとする男の頬に肘を叩き込んで気絶させた。


 仲間をぶつけて倒した男が起き上がろうとしていたので、脇腹に蹴りを入れて気絶させる。肋骨が折れたようだ。


 俺は拳銃を回収してから、ロープを出して全員を縛り上げた。

「こいつら正直に喋るだろうか?」

『洗脳されているかもしれません』

「神威を試してみるか」

『どうするのです?』


「声に神威エナジーを乗せて、こいつらの洗脳を解いてみる」

 躬業の『神言』に似ている使い方だが、『神言』には神威エナジーは関係ないので同じものではない。五分ほど神威エナジーを乗せた声で言い聞かせると、五人のうち三人が効いたようだ。


 残りの二人は痛みが酷く、俺の声が脳まで届いていないらしい。それから見張りをしている警官に合図して雑居ビルに呼んだ。


「誰の命令で、俺の屋敷を攻撃した?」

 虚ろな目をした男が、何の抵抗もなく喋り始める。

「ルベルティ様です」

 それを俺と警官たちが聞いていた。俺の屋敷を攻撃した理由を、ルベルティの部下たちは知らないようだ。


「攻撃した兵器は日本にないはずだ。どこから手に入れた?」

 あれは中東の某国に住む武器商人から手に入れたもので、機械部品に偽装して送られてきたらしい。


 話を聞いているうちに、こいつらを尋問しても無駄だと感じた。収穫は主犯がルベルティだという事実だけだった。しかもルベルティの居場所も知らないという。


 警察はルベルティの部下たちを逮捕すると同時に、ルベルティを指名手配した。そして、関係があると思われる後藤田幹事長を本格的に調べ始める。


 また攻撃されるかもしれないと考えた俺は、アリサと天音に手伝ってもらい、『トランスファーバリア』の魔法回路コアCを作製した。そして、鍛錬ダンジョンで何度もテストして不具合を洗い出して完成させたものをグリーン館と屋敷に設置した。


「これで防備も強固なものになった。後は邪神に勝つための刃を研ぎ澄ますだけだな」

 そう思って修業の日々を過ごしていると、警察からルベルティが九州に逃げたという報告を受けた。どうやら、九州から韓国、または中国に渡って逃げるつもりのようだ。


 俺は九州に行くかどうか悩んだ。ルベルティは絶対に捕まえたい。だが、『闇の隠者』の一味がまだ国内に残っている状況で、屋敷を離れるのは不安だった。


『エルモアを九州に行かせましょう』

「しかし、エルモアだけというのは、無理があるんじゃないか?」

 近くのダンジョンへ行くのならシャドウパペットだけというのも大丈夫だが、遠い九州へというのは何か問題が起きそうな気がした。


 悩んでいると屋敷に来ていた千佳が、一緒に九州へ行くと言い出した。

「鳴神ダンジョンでサンドギガース狩りをするんじゃなかったのか?」

「ダンジョンは後で行けます。それより屋敷を攻撃するような奴を放っておけません」


 千佳の真剣な顔を見て頷いた。

「分かった。頼む」

『エルモアは冒険者カードを持っていますから、一人でも大丈夫だと思うんですけど……分かりました』


 俺はルベルティが不死者であるかもしれない事を伝え、千佳とエルモアに任せる事にした。念のために、千佳に虚無剣を渡す。ルベルティがもし不死だった場合、神剣ヘクスカリバーで仕留められるかどうか分からないと判断したのだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 エルモアはなるべく目立たない服装で列車に乗った。サラリーマンのような服装をしているエルモアを見た千佳が微笑む。


「服装なんて、気にする必要はないのに」

「目立たないようにと考えたのですが、ダメですか?」

 エルモアがソーサリーボイスを使って答えた。


「いつもはメティスの声が頭に響くから、エルモア自身の声というのも新鮮ね」

「元々喋りが好きという性格ではないので、メティス様が代わりに話してくれるのは、楽だったのです」


 サラリーマンのような服はメティスが選んだのではなく、エルモア自身が選んだようだ。エルモアにも個性があるのだな、と千佳は感じた。


「でも、今でもメティスとは繋がっているのでしょ」

「はい。いつでもメティス様とは連絡がつきます」

「それは心強い」


 千佳たちは九州の福岡に到着すると、列車を乗り換えて長崎に向かった。警察の話ではルベルティが長崎で目撃されたらしい。


 佐世保市に着くと、千佳たちはホテルを確保してルベルティを探し始めた。二日ほどは何も見付からなかったが、三日目に警察から指名手配されているルベルティが川沿いの倉庫で目撃されたという連絡を受け、その倉庫に向かった。



―――――――――――――――――

【書籍発売カウントダウン】


 『生活魔法使いの下剋上 3巻』発売まで……後2日。


 コミック版『生活魔法使いの下剋上 1巻』が発売されました。こちらもよろしくお願いします。

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