第1009話 燕飛二閃

 ホーリー幻影弾の爆発により二つに分かれたルベルティの身体が、再生しようとしていた。

「エルモア、こいつを細かく切ったら、死ぬと思う?」

「いえ、たぶん死なないでしょう」

 千佳が溜息を吐いた。


「グリム先生から渡された虚無剣を忘れていますよ」

「虚無剣で斬っても、バラバラになるだけのような気がするけど」

「あの剣は神以外の存在を全て虚無に引き込み、斬ってしまうそうです」


「それが形のないものでも?」

「ええ、霊魂と言われるものでも斬れるようです」

 千佳は虚無剣を取り出し、右手に黒炎リングが嵌っているのを確認する。その黒炎リングに意識を集中すると、黒炎エナジーが噴き出して虚無剣に吸い込まれる。


 虚無剣から黒い炎の刃が伸びる。三メートルほど伸びたところで止めてルベルティを見る。残念な事に傷が消えて立てるようになっていた。


 この再生能力は異常だった。三つの神薬を飲んだというのは本当なのかもしれない。ルベルティの手足が伸びているように見える。しかも手と足の爪が刃物のように鋭くなり、血の色に染まって五センチほどの長さになっている。


 ルベルティの動きが急に速くなった。チグハグだった身体と精神が、今になって合致したようだ。千佳も『セクメトの指輪』に魔力を流し込んで素早さを強化した。


 血を思わせる手の赤い爪が千佳に襲い掛かった。エルモアが前に出てオムニスシールドで受け止めて撥ね返す。少しだけバランスが崩れたルベルティに、千佳が虚無剣を突き出す。


 猫のように身を捻ったルベルティが虚無剣を躱し、お返しとばかりに蹴りを放つ。その指の先にも真っ赤な爪が伸びており、その爪から邪気が零れ出ていた。千佳は素早く後ろステップして躱す。


 攻撃が当たっていないのに、千佳は目眩めまいを起こした。それに気付いたエルモアがオムニスブレードから伸びた神威エナジーの刃をルベルティに向かって振り下ろす。


 その攻撃を躱すためにルベルティが地面を蹴って後ろに跳ぶ。その時、大量の土砂が掘り起こされて宙に舞った。エルモアは片手で目をカバーしながら、舞い上がる土砂に飛び込んで追撃する。


 気分が最悪な千佳は、ルベルティの邪気を浴びたのかもしれないと思った。邪卒などが発する邪気に似ていると感じたのだ。


 『練凝』の躬業を使って魔力を鬼神力に変えて全身を満たす。鬼神力で邪気を身体から追い出せるか試したのだ。その御蔭で目眩が治まった千佳は、『桜花舞い』の技を応用してルベルティの側面に高速で回り込む。次の瞬間、虚無剣でルベルティの脇腹を斬り裂いた。


 ルベルティが初めて苦痛と驚きの表情を浮かべた。

「馬鹿な……神である私を傷付ける武器などあるはずがない」

 肉体的には何度も殴ったり斬ったりしているので、本体である魂にダメージを受けたという意味だろう。千佳は虚無剣なら倒せると感じた。


 ルベルティの全身から邪気が溢れ出し、それが右手の爪に集まり始める。その爪が千佳に向かって振られた。千佳は危険だと気付き、横に跳躍する。邪気の爪は千佳が居た地面を叩き、深い爪痕を刻む。


 エルモアが、千佳を追撃しようとするルベルティの横へ回り込んだ。そして、跳び込むと神威エナジーの刃でルベルティの肩を斬り裂いた。


「グッアアーー!」

 ルベルティが悲鳴のような叫び声を上げる。チャンスだと判断した千佳が『桜花舞い』の技の一つである『燕飛二閃えんぴにせん』という奥義を使う。一瞬で横と縦の斬撃を繰り出し、十文字に斬り裂くという技だ。


 横に振られた黒炎の刃がルベルティの首を斬り裂いた。そして、次の瞬間には額から顎に向かって頭が真っ二つとなった。エルモアが目を見張る。千佳が振るったはずの縦の斬撃がエルモアの目にも見えなかった。


 その二撃でルベルティの魂が破壊された。すると、ルベルティの身体がしぼみ始めた。それを見た千佳とエルモアは、高速戦闘モードを解除する。


「お見事でした」

「本当に死んだの?」

 千佳が確認した。エルモアは慎重にルベルティに近付いて生死を確かめた。

「死んでいます」

「人の死を良かったと感じたのは、これが初めてね」

 千佳はそう言ったが、心の中では苦いものを感じていた。


 その後、刑事たちが来てルベルティの死を確認した。

「どういう事だ。ミイラのようになっている」

 刑事の一人がルベルティの遺体が萎んで小さくなっているのを見て言った。

「たぶん呪いの指輪を使った反動でしょう。その指輪の扱いには注意してください」

 エルモアに言われた刑事が、遺体の近くから跳び下った。


 その後、千佳は取り調べを受けたが、警察と検察は正当防衛だと結論した。さらにルベルティの遺体から回収した収納ペンダントから、祭壇の設計図と呪いの魔導装備が大量に発見された。


 その祭壇の設計図を調べた結果、それが邪神を呼ぶためのものだと分かった。ルベルティたちは日本に邪神召喚の祭壇を築き、邪神を日本に降臨させるつもりだったようだ。千佳は渋紙市に帰ってグリムに報告した。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「へえー、ルベルティが鬼神のようになったのか。そう言えば、パルミロも鬼のようになっていたな。アムリタは人を鬼に変えるような効果があるんだろうか」


『それは違うと思います。彼らは神になるのを急ぎすぎたのです』

「というと?」

『神になるには、神の時間感覚で考えなければならないのだと思います。最初に不老不死になったのだから、百年単位の時間を掛けて精神などを成長させる必要があったのです』


「なるほど。そう言えば、ルベルティは三つの神薬を飲んだそうだけど、本当にそれで神になれるのか?」


 報告した千佳が首を傾げた。

『たぶん本当ではないと思います』

 メティスが千佳の代わりに答えた。


「そう思う根拠は?」

『エリクサーは、遺伝子の情報に従って身体を再生する万能薬です。ですが、アムリタは遺伝子の情報に逆らって不老不死とする薬なのです。二つの薬には矛盾する効果があります』


「アムリタは、遺伝子情報も改変するのでは?」

『時間を掛けてゆっくりと書き換えるのだと思います。そうでないと身体に掛かる負担が大きいのです』


「分かった。一人の人間が、アムリタとエリクサーを飲んではならないという事だな」

『エリクサーを飲んで効果が完全に消えた後なら、アムリタを飲んでも問題ないと思われます。ただ順番が逆だと問題です』


「霊薬ソーマはどうなんだろう?」

『ソーマは万病を治し、十年ほど若返るという効果です。それは遺伝子情報に沿って効果を発揮しますから、エリクサーと同様でしょう』


 このメティスの考察も冒険者ギルドに報告しなければならないだろう。

「ルベルティの事は、冒険者ギルドに報告したのだろ?」

 俺が確認すると、千佳が頷いた。

「はい、報告しました。支部長はルベルティたちが作ろうとした祭壇に興味を持ったようです」


 それについては、俺も興味がある。だが、俺を狙っているルベルティが死んだ以上、『闇の隠者』は警察に任せるべきだと思った。


―――――――――――――――――

【あとがき】


 『生活魔法使いの下剋上 3巻』を買われたという方、ありがとうございます。コミック共々よろしくお願いします。

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