第1002話 キマイラの尻尾

 キマイラが吐き出した炎でバリアが崩壊しようとしていた。俺は『クロスリッパー』を発動すると、キマイラをロックオンしてからクロスリッパー弾を後方に向けて撃ち出した。


 もちろん、魔力バリアの後方部分を開け放ってからの事だ。前方はキマイラの炎を防いでいるので、後方から撃ち出すしかなかったのである。


 後ろへ撃ち出されたクロスリッパー弾が弧を描いて前方へと回り込む。それに気付いたキマイラが火炎攻撃をやめて横に飛んだ。だが、クロスリッパー弾には追尾機能があるので、軌道を修正してキマイラの尻に命中した。すると、空間ごとX印に尻の肉が切り取られて血が噴き出す。


 ライオンと同じ吠え方でキマイラが咆哮した。但し、その迫力はライオンの十倍を超え、身体がビリビリと震えるほどだった。この咆哮を浴びたら、D級くらいまでの冒険者だと身体が硬直して動けなくなっただろう。


 一方、俺は咆哮のお返しに、火山の中に潜り込んだ邪卒王を追い出した『クーリングボム』を発動した。キマイラの体内を狙って冷却弾を撃ち出すと、亜空間に消えた冷却弾がキマイラの体内に飛び込んで効果を発揮した。


 冷却弾はキマイラの胃や腸を凍らせた。これが心臓だったら仕留められただろう。残念だ。しかし、キマイラの動きがおかしくなっていた。機敏に動いていたのに、ぎこちない動きになっている。内臓が凍った事が影響しているらしい。


「それほど手強くはなかったのかな」

 それを聞いたからではないだろうが、キマイラが吠えた後に口から炎を吹き出した。今度は魔力バリアで防ぐのではなく、走り回って回避する。


『この炎で、凍った内臓も融けるかもしれません』

「チッ、それが目的だったのか」

 俺は『ニーズヘッグソード』を発動し、空間振動波の刃をキマイラに向かって振り下ろした。キマイラが横に跳んで躱し、胴体を捻って尻尾を鞭のように振る。


 飛んで来る尻尾が俺の身体に当たったが、多機能防護服が衝撃を吸収する。すると、蛇の尻尾が身体に巻き付いてきた。


「うわっ」

 予想外の攻撃に慌てて脱出しようとしたが、持ち上げられて地面に叩き付けられる。


 多機能防護服の衝撃吸収力は完璧ではない。糸で織られた布を使っているために少しだけ衝撃を通してしまうのだ。ただ強烈な衝撃は吸収し、ゆっくりとした弱い衝撃は通すという性質なので通常なら問題ない。しかし、持ち上げるというような攻撃が可能になってしまうのが欠点だ。


 地面に叩き付けられた衝撃は多機能防護服により吸収された。だが、多機能防護服の内部で発生した慣性力による衝撃はダメージとして残った。これは電車に乗っている時に、急ブレーキで転んでダメージを受けたようなものである。


「……」

 歯を食いしばって立ち上がった俺は、迫って来るキマイラに対して『ティターンプッシュ』を発動した。魔法により形成されたティターンプレートがキマイラを撥ね返す。


 その瞬間、チャンスだと気付いて『スキップキャノン』を発動し、キマイラの胸にスキップ砲弾を撃ち込んだ。亜空間を経由してキマイラの体内に飛び込んだスキップ砲弾が爆発すると、その破壊力で心臓が粉々になった。


「ふうっ」

 俺は初級治癒魔法薬を取り出して飲んだ。

『大丈夫ですか?』

「受け身で衝撃を逃したから、ちょっとした痣になっているだけだ」


 ちょっと休憩してからドロップ品を探した。琥珀色の魔石を回収し、次に巻物を発見。その巻物をマルチ鑑定ゴーグルで調べると『黒炎の知識』というものだった。


 以前に手に入れた『虚無の炎:黒炎に関する考察』という冊子から得た知識で、黒炎リングと『ダークネスレイン』という魔法を開発したが、この『黒炎の知識』は黒炎に関するもっと詳しい情報が手に入るようだ。


 そして、最後に野球のホームベースのような五角形の盾が見付かった。これを調べてみると、『虚無の盾』だと分かった。これは黒炎エナジーを使った盾で、黒炎リングから放出する黒炎エナジーを元に虚無シールドを展開する事ができるようだ。


 この虚無シールドは、巨獣ベヒモスの青炎ブレスでも防げるという。神話級の盾だと分かった。今回のように魔力バリアが壊れそうな時にあると便利だ。


「ちょっと休憩しよう」

 連戦でかなり疲れた。マジックポーチⅧからお茶が入った水筒を出して、一杯飲むとホッとした。周りを見回すと魔物の姿はない。


『万能回復薬を飲んで、魔力を回復しておきましょう』

「そうだな」

 不変ボトルを取り出して万能回復薬を飲んだ。これで体力と魔力が回復した。ただ精神力だけは回復していない。


『ダンジョンボスが強敵だったら、どうしますか?』

 俺の体調が完全ではないと判断したメティスが心配して尋ねた。

「巨獣に匹敵するような魔物だったら、戦いを明日に延期する」

 精神的に疲れているのは確かなので、判断力などが鈍っているかもしれない。その辺は自分でも分からなかった。


 少し休憩してから岩山に開いた横穴に入った。中は人工的な地下通路になっており、ボス部屋に繋がっているという予感が強くなった。


 五分ほど歩くと入り口が見えてきた。その入り口から中を覗くと、赤黒い皮膚を持つ巨大な鬼が立っていた。マルチ鑑定ゴーグルで確認すると『オーガキング:ゴヴァ鬼王』と表示された。以前にハセヌ鬼王の墓を見た事があるが、こいつは別のオーガキングのようだ。


 体長三メートルほどで全身がボディビルダーのような筋肉に覆われている。パワーがありそうなタイプだが、素早さはそれほどでもないようだ。


「このまま戦おう」

『戦いは明日に延期した方が、良いのでは?』

「ここじゃ十分に休めない」

 エルモアたちが一緒に居れば安心して休めるのだが、今は居ないので警戒しながら休む事になる。俺はここから調べられるだけ調べてから、オーガキングと戦う事にした。


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