第980話 ローランズと上条
地元冒険者であるローランズが上条に目を向ける。ローランズは体格が良い男で、身体は上条より一回り大きかった。彼は自信ありそうな感じでスパーリングに同意した。
上条は三橋師範と離れて冒険者活動をしていても、空手の自主練はしていた。ナンクル流空手ではないが、別の流派の空手道場にも通って組手の練習もしている。
一方、ローランズはボクシングをやっていたようだ。スパーリング前にシャドーボクシングをして身体を温め、その様子からパンチの威力がありそうだと分かる。
「始めようか」
上条が声を掛けると、ローランズが頷いた。二人が構えるとスパーリングが始まった。ローランズはステップを踏みながら攻撃するチャンスを窺っている。そして、間合いが縮まった瞬間にジャブを打ち込もうと踏み込んできた。
ローランズの動きを、上条は見切っていた。ジャブが放たれようとした瞬間、同時に躱すために左足を一歩踏み込んで身体を捻りながら、掌底をローランズの胸に打ち込んでいた。
それほど強い打撃ではなかったが、タイミング良く決まったのでローランズが尻餅をついた。だが、ローランズは自分がどうして尻餅をついているか分からないという顔をしている。
「もう終わりか?」
上条が言うとローランズが跳ねるように起き上がった。そして、むきになって連続攻撃を仕掛けてきた。ワンツーパンチからフック、前蹴り、ストレートと素早い攻撃を仕掛けてくるのだが、それを尽く躱した上条がローランズの腹にフックを叩き込んだ。
それほど力を込めているようには見えないが、鋭いパンチだった。ローランズは苦しげな表情を浮かべて座り込んだ。
「おい、嘘だろ。軽いパンチだったじゃないか」
ローランズの仲間が驚いた顔で言う。
「こ、こんなのは、まぐれだ」
ローランズがそう言って立ち上がる。そして、また上条を攻撃したが、簡単に躱されて反撃を食らって倒れた。これで圧倒的な実力の差がある事をローランズも理解した。
「ご苦労さん。空手の練習はしていたようだな」
スパーリングの様子を見ていた三橋師範が、上条に言った。
「魔装魔法使いとして、当然の事ですよ」
後ろでスパーリングの様子を見ていたラッセルズは、苦しんでいるローランズを冷たい目で見ていた。
「相手の力量も考えず、がむしゃらに戦ってどうする。上条はB級だと分かっていただろう」
ローランズは悔しそうな顔をしたが、空手の有用性を認めた。
「確かに空手が戦いに使える事は分かった。だが、強い魔物には通用しないのではないか?」
ラッセルズが三橋師範に目を向けて言う。
「そういう魔物と戦う場合は、魔法や強力な武器と組み合わせて戦う事になるだろう」
「それなら、初めから魔法で戦った方がいい」
三橋師範はラッセルズが攻撃魔法使いだったのを思い出した。
「しかし、接近戦になった場合はどうする? 魔法を発動する時間がないほどの連続攻撃を仕掛けられる事もある」
「魔物を近付けさせるなど、論外だ。そのために魔力感知を鍛え、遠距離で魔物を発見して仕留める。それがベストな戦い方だ」
攻撃魔法使いらしい結論だと、三橋師範は思った。だが、遠距離で敵を発見して仕留められるとは限らないとも考えていた。
「ならば、シルバーオーガなどの素早い魔物はどうする? あの魔物なら遠くからの攻撃は避けるのではないか?」
「そういう魔物は、追尾機能がある魔法か、攻撃範囲が広い魔法でダメージを与えてから仕留めればいい」
攻撃魔法にも追尾機能がある魔法が存在するが、その一発の威力は低い。追尾機能に魔力を使いすぎて威力が低下したのだ。なので、ラッセルズはダメージを与えてからトドメを刺すというように言ったのだろう。
ラッセルズが三橋師範に目を向けた。
「あなたは魔装魔法使いなのか?」
「いや、儂は生活魔法使いだ」
「ああ、ミスター・グリムの弟子という訳か。だが、生活魔法使いの全員がミスター・グリムのようになれるとは限らないぞ」
「そんな事は分かっている。儂は己の道を行くだけだ」
三橋師範が強い意志を持って言う。
「あなたはミスター・アヴァロンに似ている。しかし、彼のように成功するのは難しいぞ」
「それは、お主も同じだ」
三橋師範が言い返すとラッセルズが不機嫌そうな顔になる。だが、彼は反論しなかった。自分だけは例外だと言うには、誰でも納得する実績と実力が必要だったからだ。
三橋師範たちは中ボス部屋で休んで、翌朝早くに出発した。
「青龍が最初に発見されたのは十九層、そこから上に移動していると資料にはありました。今はどこまで来ていると思います?」
「今までの宿無しだと十六層くらいだが、青龍はもっと速いかもしれん」
「どうしてです?」
「パワーのある宿無しの方が、移動速度が速いという噂がある」
「なるほど。そうすると、そろそろ青龍を探しながら移動した方が良さそうですね」
三橋師範たちは十三層の砂漠を移動していた。階段へと進みながら青龍の気配を探したが、見付からずに十四層へ下りた。
十四層は山岳地帯である。緑の生い茂る山々に囲まれた地形で、獣道のような狭い道が迷路のように広がっていた。
獣道を歩き始めて十五分ほど経った頃、大きな爆発音が響き渡った。
「誰かが戦っているのか?」
三橋師範が爆発音がした方向に目を向けながら言った。
「もしかしたら、青龍かもしれません。行ってみましょう」
戦っている場所まで行くと、そこでローランズと二人の仲間が巨大な青龍から逃げていた。だが、逃げ切れずに青龍の長い尻尾の一振りで弾き飛ばされる。
「うわーっ!」「ぎゃああーっ!」「ぐあっ」
ローランズたちは宙を舞い、地面に叩き付けられた。地面に伸びた三人は、ピクピクしているので死んではいないようだ。
「ラッセルズは一緒じゃないのか?」
「見当たりませんね。どうします?」
「助けに行かないと、あの三人は確実に死にそうだ」
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