第979話 魔力法陣

「目的は一緒だ。協力して青龍狩りに行かんか?」

 三橋師範が上条に提案した。

「いいですよ。でも、躬業はどうするんです?」

「青龍にトドメを刺した者が、躬業の所有者としよう」

 上条がニヤッと笑う。

「分かりました」


 二人は装備に着替えるとダンジョンに入った。最初に遭遇した魔物はリザードマンだった。上条が魔斬刀の一撃で簡単に仕留める。


「確か神剣グラムを手に入れたはずだが、まだ魔斬刀を使っているのか?」

 上条が魔斬刀を握ったまま肩を竦めた。

「神剣グラムで防御力の低い魔物を斬ると、切れ味が良すぎて手応えがないんです」


「切れ味がいいのなら、問題なさそうだが?」

「空振りしたんじゃないかと不安になって、もう一度剣を振ってしまう事があるんですよ」


「なるほど。だが、慣れた方がいいと思うぞ」

「上級ダンジョンの魔物だとそうでもないんですが、中級ダンジョンの魔物は手応えがなさすぎるんです」


 そういう話をしながら二層、三層と進み、四層の草原に到達した。その草原を三橋師範たちが進んでいると、ゴブリンの群れと遭遇した。


「四十匹ほど居そうだな」

「一人二十匹という事になりますね」

 上条の言葉に三橋師範が頷いた。上条が魔斬刀を構えると、三橋師範は素手のままゴブリンを見ている。


「師範は武器を使わないのですか?」

 三橋師範が苦笑いする。

「この腕に付けている龍撃ガントレットと、足に装備している神爪レガースが武器だ」


 そう言った三橋師範だったが、実はもう一つ武器があった。それは体内を循環している魔力である。三橋師範は水神ドラゴンを倒した後、家に帰って『知識の巻物』を使った。


 グリムから教えられた魔力法陣について詳しく調べようと思ったのだ。使った『知識の巻物』は、以前にバジリスクを倒した時に手に入れたものだ。特に調べたいというものがなかったので、マジックポーチⅦの中に放り込んだままになっていた。


 魔力法陣を調べた結果、いくつか使えそうな法陣パターンが見付かった。その一つが身体の一部を鋼のように頑丈にして筋力を上げるものだ。他にも魔力を雷撃として撃ち出す法陣パターンなどもあったが、この法陣パターンが一番使いやすい。


 『鋼陣パターン』と名付けたものを使って弱い魔物を殴ると、それだけで仕留める事ができるほど打撃の威力が増す。


 三橋師範はゴブリンの間に飛び込むと、『鋼陣パターン』を使い始めた。身体の中を特殊な幾何学模様に従って魔力が流れ始め、全身に活力が漲り始める。


 一匹のゴブリンが襲い掛かってきたので、ジャブ程度の力で軽く殴るとゴブリンが撥ね飛ばされて消えた。三橋師範の拳は金鎚並みに固くなっており、あっさりと頭蓋骨が砕けたようだ。


 その後も次々とゴブリンが襲ってきたのを、流れるような動作で躱した三橋師範が体内で練り上げた魔力を拳に流し込んでゴブリンを殴り倒した。


 五匹ほど倒した頃に、三橋師範がある事に気付いた。これだけ戦ったにしては、体力の消耗が少ないのだ。『鋼陣パターン』は体力の消耗を抑えるという効果もあるらしい。


 三橋師範が二十匹のゴブリンを殴り倒した時、上条が呆れた顔をして三橋師範を見ていた。

「師範、相手がゴブリンだとしても、二十匹を殴り殺すなんて芸当がよくできますね」

「ナンクル流の奥義にしようと考えている技だ」


「怖っ。その奥義は怖すぎませんか」

「ダンジョンで使用するとなると、これくらいできないと不安だろう」

「夢断流格闘術や星威念流剣術を考えてください。ダンジョンで使う時は、武器で戦う事が前提ですよ」


「他流の事は知らん。ナンクル流は儂が決める。それに、これを見たグリムは喜んでいたぞ」

「そ、そうですか」

 上条は溜息を漏らした。


 それから十層の中ボス部屋まで行った。そこには先客が居り、中ボス部屋に入った二人をジロリと睨んだ。オーストラリアのA級冒険者であるロバート・ラッセルズだった。


 ラッセルズの他にも、オーストラリアの若い冒険者が三人居た。

「ん? 今度は中国人か?」

 地元冒険者の一人が声を上げた。

「いや、私たちは日本人だ」


「ふーん、日本人の冒険者か。グリム先生以外にも居たんだな」

 生意気そうな若い冒険者だった。たぶん二十歳くらいだろうと上条は予想した。それを聞いたラッセルズが若い冒険者をチラッと見たが、興味なさそうに視線を外した。


「あんたたちも青龍狩りに来たのか?」

 上条が頷いた。

「そうだ。君たちは何を狩りに来たんだ?」

「おれたちも青龍狩りだ」

 それを聞いたラッセルズがジロリと若い冒険者を睨んだ。


「本当に青龍狩りなのか?」

 睨まれた若い冒険者はビクッと反応してから答えた。

「そうです。青龍を狙っています。悪いですか?」

「いや、悪いなんて言わないが、勇気があるんだな」


 ラッセルズはオーストラリアでトップクラスの冒険者で、それなりに人気がある冒険者だった。但し、人格者という訳ではなかった。褒められたと思った若い冒険者は調子付いて自慢を始めた。


 この若者はローランズという名前らしい。魔装魔法使いでD級冒険者だという。言動から推測すると経験の浅い冒険者のようだ。


「そっちの日本人、ランクと名前を教えてくれよ」

「私はB級の上条、こっちはもうすぐA級になる三橋師範だ」

「師範て、何の先生なんだ?」

 三橋師範がローランズをチラリと見てから答える。

「儂は空手を教えている」

「へえー、空手の先生なんだ。でも、ダンジョンで空手なんて使えないんじゃないか?」


 三橋師範は苦笑いした。そう思っている冒険者が多いのは知っていたからだ。

「そうでもないぞ。ちゃんと習えば、空手の動きを魔物との戦いで応用できる」

 上条がいたずらを思い付いた子供のような顔になり、軽いスパーリングを提案した。


 三橋師範が上条に鋭い視線を向けた。

「この上条は、儂の弟子だ。初めてなら上条に教えてもらうがいい」

 上条が三橋師範の反撃に驚いた顔をする。久しぶりに三橋師範のナンクル流を見たかったのだが、作戦は失敗したようだ。


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