第948話 邪神の情報

 イギリスから日本に帰った俺が屋敷で休養していると、冒険者ギルドの理事長が訪ねて来た。

「東京からここまで来るなんて、どうかしたんですか?」

 俺は慈光寺理事長に尋ねた。


 慈光寺理事長が暗い顔をしている。何かあったに違いない。

「実は、アメリカが保管していたギャラルホルンが、邪卒に奪われたようなのだ」

 それを聞いた俺は、心臓が止まるかと思うほど驚いた。アメリカなら上手く隠してギャラルホルンを守ってくれるだろうと思っていたからだ。


「どうして保管場所を知られたのです?」

「ゴールドスライムは、ギャラルホルンから漏れる邪気を感知できるそうなのだ」

「ギャラルホルンから漏れ出る邪気というと、邪神の邪気という事になりますね。なるほど、邪卒が感知できても不思議ではなかったのか」


「ノースダコタ州にある陸軍基地が邪卒王に襲われ、紫色のワイバーンのような邪卒も召喚された、と聞いている」


「そいつらにギャラルホルンを奪われたんですか?」

「なぜ、そう思う?」

「陸軍基地なら、空からの攻撃に弱いかもしれないと思っただけです」


 慈光寺理事長が頷いた。

「その通り。そこの指揮官がギャラルホルンをヘリで移送しようとしたが、途中で墜落したと聞いている。そこで聞きたいのだが、ギャラルホルンが邪卒の手に渡ったとして、すぐに邪神が復活するのだろうか?」


 ギャラルホルンは邪神を封印する鍵である。だが、封印しているものではないので、鍵を壊してもすぐに邪神が解放される訳ではない、と俺は考えている。


 但し、それは確認しているものではないので、慈光寺理事長には言わなかった。どうすれば確認できるのだろう? そう考えた俺は、もう一度神域に行く事を決意した。


 俺は慈光寺理事長と話し合い、様々な情報を交換した。但し、神域や躬業の事は漏らさない。そして、慈光寺理事長が帰ってから、エルモアと一緒に鍛錬ダンジョンへ行った。


 神域に転移するのは、ダンジョンで神域転移珠を使わなければならないからだ。一層の湖にある小さな島に渡って神域転移珠を取り出す。『神慮』の躬業を使って二次人格を生み出し、その二次人格に神威月輪観の瞑想を行わせて神威エナジーを神域転移珠に注ぎ込む。


 すると、身体がふわりと浮くような感覚を覚え、ダンジョン神が住む神殿のような建物の中に転移していた。この神域の空気はピリピリするほどの神聖な何かで満たされている。


 大きな扉を押し開けて中に入ると、烏天使からすてんしが門番のように立っていた。

【またお前か】

 烏天使の声が頭の中に響き渡る。

「質問があって来ました」

【お前には借りがある。答えられるものなら、答えてやろう】

 俺が邪神の呪詛で黒く染まった代神の翼を切った事を、借りだと言っているようだ。


「邪神を封印する鍵であるギャラルホルンを、邪神の配下に奪われてしまいました。邪神はすぐに復活するのでしょうか?」


【復活するだろう。但し、復活してもすぐに地球に来れる訳ではない】

「どういう意味です?」

【邪神は宇宙と宇宙の間隙かんげきにある特殊な空間に封印されている。その空間の出口は地球にない。その出口から地球に来るためには、邪神でも数ヶ月から数年の時間が必要だろう】


「しかし、邪神が地球に来るのは間違いないのですか?」

【この代神様が居る神域は、地球のダンジョンと繋がっている。邪神は代神様の消滅を望んでいるはずだ】


 邪神は自分を封印した代神を滅ぼすために、地球に来るという。それも早ければ数ヶ月以内にだ。まずい状況である。


「代神様は回復されたのですか?」

【代神様の翼は、七割ほどが再生している。もう少し時間が掛かるだろう】

「完全に回復する前に邪神が現れたら、どうなるのですか?」

【苦しい戦いになるだろう。お前たちも覚悟しておけ】


 人間も邪神と代神の戦いに強制参加させられるようだ。代神が負ければ、世界は邪神のものになる。それが嫌なら戦うしかなかった。但し、戦う者は七人だけのようだ。あの『邪気耐性の指輪』がなければ、邪神とは戦えないという事なので、間違いないだろう。


「邪神との戦いに必要なものはありますか?」

【代神様は、新しく創るダンジョンに、躬業の宝珠を置かれる事にした。有望な戦士は探し出して手に入れるがいい】


「分かりました。ありがとうございます」

 俺は礼を言って神域を後にした。次に気が付いた時には、鍛錬ダンジョンに戻っていた。

『大丈夫ですか?』

 メティスが心配したようだ。


「もう慣れたよ。屋敷に戻ろう」

 俺が屋敷に戻ると、アリサからアメリカのジョンソンから電話があったと告げられた。

「あなたに会いたいそうよ」

「どんな用だろう?」

「ある情報が欲しいと言っていたわ。それは電話では言えないと……アメリカで何かあったのかしら?」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ジョンソンから電話があった数日後、ジョンソンが屋敷を訪ねて来た。

「ちょっと疲れているようですね」

 俺はジョンソンの顔を見て言った。

「分かるか。邪卒王が召喚した邪卒を探し出して始末するのが、大変だったんだ」


 ギャラルホルンを奪われた後、パープルワイバーンを探して一匹ずつ駆除したのだが、ギャラルホルンは取り戻せなかったという。


「それで用件は何です?」

「実はこれを調べて欲しい」

 ジョンソンが躬業の宝珠を取り出し、俺に見せた。ジョンソンが持つ鑑定アイテムでは調べられなかったので、俺のところまで来たらしい。


「日本まで来なくても、アメリカで調べられるんじゃないですか?」

「アメリカの冒険者ギルドに頼むと、政府に報告されてしまう」

 ジョンソンは躬業を持っている事を政府に知られたくないようだ。どうしてなのかと尋ねると、躬業の持ち主は政府の監視下に置かれるという。


「分かりました。調べてみましょう」

 俺はマルチ鑑定ゴーグルを取り出して調べた。だが、この高性能な鑑定アイテムでも、躬業の詳細は調べられなかった。そこで心眼で解析する。


 この躬業の宝珠が『天閃てんせんの宝珠』だと分かった。これは高速戦闘用の躬業で、高速戦闘中でも普段と同じように魔法が使えるというものだった。


 普通、高速戦闘中なら魔法レベルが『10』くらいまでの魔法しか発動できない。俺でも頑張って練習すれば、魔法レベルが『15』までなら発動できるという感じである。俺と同じくらい実力がある冒険者も同様だろう。


 それなのに、『天閃』は高速戦闘中に魔法レベルが『20』『30』の魔法を問題なく発動できるようになるらしい。かなり強力な躬業だと言える。


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