第949話 アメリカ政府の考え

「グリム先生、何か分かったのか?」

 心眼を使って躬業の宝珠を調べていた俺に、ジョンソンが確認した。

「ええ、これは『天閃』という躬業です」


「それで、どんな躬業なんだ?」

 『天閃』が高速戦闘用の躬業で、高速戦闘中でも普通に魔法が使えるようになる事を説明した。


 それを聞いたジョンソンは、嬉しそうに笑う。

「なるほど。いい躬業を手に入れたようだ」

「そう思うなら、早く躬業の宝珠を使って、『天閃』を習得する事を勧めます」


「やり方を知っているなら、教えて欲しい」

「躬業の宝珠に魔力を流し込むだけです。そうすると、身体から魂だけが幽体離脱した状態になって、知識が刻まれます」


「分かった。やってみる」

 ジョンソンは『天閃の宝珠』を握り締めると、ソファーに座った。俺はジョンソンの身体から魔力が溢れ出すのを感じた。その魔力は宝珠に注ぎ込まれ、ジョンソンの身体がグッタリとなる。


 たぶん身体から魂が抜け出したのだ。終わるまで一時間ほど掛かると思うので、烏天使から聞いた話を思い出しながら、どういう風に公表するか考えた。


 この二、三日は世界各地で出現した新しいダンジョンについて調べたのだが、どれも海外に出現していた。アメリカのタウナーダンジョン、ドイツのメレダンジョン、タンザニアのアイロロダンジョン、それにオーストラリアのドンガラダンジョンである。


 ドイツのメレダンジョンだけが上級で、他の三つは中級である。ダンジョン神も急いで創ったので、手頃なダンジョンが多くなったのだろう。


 公表する内容だが、邪神が復活する事と、その邪神が地球まで移動するのに数ヶ月から数年掛かるという推測、そして、新しく創られたダンジョンには躬業の宝珠が置かれているという神託を発表する事にした。


「これを発表したら、どうやって入手した情報なのか聞かれるだろうな」

『どうするのです? 真実を話しますか?』

 メティスが質問した。

「いや、神域転移珠の事を話したら、世界中からダンジョン神や烏天使への質問や願い、要求などが集まるだろう。そんな面倒はごめんだ」


『では、黙秘するのはどうでしょう』

「それだと納得しないだろう。偶然ダンジョンで烏天使と遭遇した事にする」

『ダンジョンというと、鳴神ダンジョンですか?』

「いや、鳴神ダンジョンだと近すぎる。富山の早月ダンジョンにしようと思う」


『なるほど。あそこは上級ダンジョンでしたね。A級二位のグリム先生が遠征しても、おかしくはありません』


 その時、ジョンソンが呻き声を上げた。身体から抜け出していた魂が戻ってきたのだ。

「ジョンソンさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない。ここで休ませてくれ」

 そう言ったジョンソンは、ソファーに横になると寝てしまった。それほど精神的に疲れたのだろう。


 しばらくしてジョンソンが目を覚ますと、食事の時間になっていた。夕食を一緒に食べて子供が出来た事を知らせると、凄く喜んでくれた。


「私も結婚するかな」

 突然、ジョンソンが言い出した。

「相手は居るんですか?」

「付き合っている女性くらいは居る。ただいつ死ぬか分からない職業だから、迷っているんだ」


 俺は経験者として結婚するべきだとアドバイスした。自分自身が結婚して良かったと思っているので、基本的に結婚には賛成なのだ。


「ところで、ギャラルホルンが邪神に奪われたのは知っているか?」

 ジョンソンが真剣な顔で問う。

「ええ、冒険者ギルドの理事長から聞きました」

「それに関しては、現場に居た私とステイシー本部長にも、責任がある。ただパープルワイバーンが強力なブレス攻撃を持っているなんて、予想できなかったんだ」


 普通のワイバーンは口から圧縮した空気を撃ち出して攻撃する。その程度なら陸軍基地の建物や金庫室は大丈夫だろうと思っていたようだ。だが、パープルワイバーンは爆発する火の玉ブレスという攻撃手段を持っていた。


「陸軍基地から連絡が来なかったんですか?」

「軍でも、パープルワイバーンをそれほどの脅威だと思っていなかったようだ。それで連絡が遅れたらしい」


「邪神側にギャラルホルンが渡ったという事は、邪神が復活します。アメリカはどう考えているのです?」


 ジョンソンが険しい顔になる。

「神々の戦いに人類は巻き込まれるべきではない、と考えている者が大勢居るようだ」

「なぜです? ダンジョン神が邪神に負たら、人類が滅亡するかもしれないのですよ」


 ジョンソンが肩を竦めた。

「アメリカ政府の上層部は、ダンジョン神と邪神の戦いを、人類と関係ないものだと考えているようだ」

 そう言われて、どういう意味か分からなかった。

「もしかして、邪神が勝ったら人類を放置して、どこかに消えてくれるとでも思っているんですか?」


「そうだ。邪神と人類では住む世界が違う。科学者たちはそう分析している」

 科学者の言う事も理解できるが、一つだけ知らない事実がある。ダンジョン神の神域は、地球のダンジョンと繋がっている場所にある。だから、必ず邪神は地球に来るという事だ。


 俺は烏天使から聞いた情報を早く公表しようと考えた。そうでないと、何も準備しないまま邪神との戦いが始まってしまう。


 ジョンソンが自分用の戦闘シャドウパペットが欲しいというので、俺はどういうシャドウパペットにするのか聞いて引き受けた。


 ジョンソンは邪神と戦う七人の中に入っていそうなので、少しでも協力しようと考えたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る