第945話 戦力の逐次投入
ステイシーは邪卒王が現れたという現場に行く事にした。クレイヴン少将も一緒に行くというので、軍の車両に乗って邪卒王が現れた場所へ向かう。
「地元に邪卒王を倒せる人材が、居るのですか?」
ステイシーが少将に尋ねた。
「居ません。この州には先月までダンジョンがなかったのですよ」
そうだったとステイシーが思い出した顔になって頷いた。
「という事は、少将の部下だけが戦力という事ですね?」
少将が溜息を吐いた。
「そうなのですが、私の部下だけで邪卒王を倒すのは、難しいかもしれません。ステイシー本部長の部下を呼ぶ事はできませんか?」
ステイシーが唇を噛み締めた。
「残念ですが、カーンズ隊長が率いる討伐チームや他のチームもフロリダです。ここまで来るのに時間が掛かります。軍の巨獣討伐チームを呼べないのですか?」
「あのチームは、東海岸のダンジョンで訓練しています」
アメリカが広いという事を二人は感じた。
「周辺の州から、実力のある冒険者を集めるしかないわ。冒険者ギルドもそう判断したはずよ」
「それで邪卒王を倒せるのですか?」
「A級八位のミスター・ジョンソンを連れて来ています。彼と私で邪卒王を倒しますから、少将の部下と冒険者たちは、邪卒王が召喚した邪卒たちを倒してください」
「分かりました」
ステイシーと少将が話している間に、軍用車が邪卒王を見下ろせる丘の上に到着した。ステイシーは車から降りると丘から下に広がっている小麦畑を見下ろした。
その広大な小麦畑の中央に巨大なサンショウウオのような邪卒王の姿があった。全長三十メートルの巨体が四つ足で小麦を踏み潰しながら進んでいる。
少将は邪卒王が進んでいる方向に気付いてギョッとした。その方向にはギャラルホルンが保管されている陸軍基地があったのだ。
「クソッ、ミスター・ジョンソンの推測が当たっていたのか」
ステイシーが少将に顔を向けた。
「私はタウナーダンジョンへ行きます。少将は住民の避難を手伝ってください」
「邪卒王を放置するのですか?」
「戦力が揃わなければ、戦う事はできません。軍人なら『戦力の逐次投入』は愚策だと知っているはずです」
「分かっています。ですが、あれを見ると……」
邪卒王から発せられた熱で、もうすぐ収穫の時期になる小麦が燃え上がっていた。昨年は大凶作でアメリカ国民も苦労したのだ。やっと収穫できそうだという時、小麦を焼いている邪卒王の姿に怒りを覚えたのだ。
「ならば、少しでも早く戦力を揃えてください」
少将は軍用車でステイシーをダンジョンまで送ると、基地に戻って行った。一人残ったステイシーは、冒険者ギルドの職員を捕まえて状況を確認した。
「ミスター・ジョンソンが、一人でズメイというドラゴンの邪神眷属と戦っているそうです」
「ズメイ……三つ首のドラゴン?」
「そうです。邪神眷属なので、A級八位の魔装魔法使いでも苦戦すると思われます」
職員はそう言ったが、ステイシーはそう思わなかった。ジョンソンの実力を知っていたからだ。ステイシーはジョンソンを迎えに行く事にした。
その時、ステイシーの背後から声が聞こえる。
「ダメです。今は入れませんよ」
ステイシーが振り返ると、冒険者の少女が立っていた。
「邪神眷属の事を言っているのね?」
「そうです。今入ると危険です」
「心配は無用よ。私はA級冒険者なの」
シンシアはステイシーの顔をジッと見て誰だか分かったようだ。
「ジョンソンさんを助けてください」
ステイシーは値踏みするように、その少女を見た。
「ジョンソンを知っているの?」
「はい、一緒に三層まで行って、ズメイと遭遇したんです。と言っても、私は咆哮しか聞いていませんけど」
その少女はシンシアだった。シンシアは、ジョンソンが冒険者を一人救って邪神眷属のズメイと戦っている事を伝えた。
「礼を言うわ。ジョンソンの代わりに冒険者ギルドに報告してくれたのが、あなただったのね」
シンシアは顔を上げて胸を張った。
「冒険者として、当然の事をしただけです」
それを聞いたステイシーが嬉しそうに笑う。それからシンシアに手を振ってダンジョンに入ったステイシーは、一層の草原を奥へと向かう。
ステイシーは魔力感知の能力を全開にして進んだ。それは魔物を警戒しているのではなく、ジョンソンと入れ違いになるのを防ぐためだった。
そして、もう少しで階段というところで、ジョンソンを発見した。ステイシーは『ライトショットガン』を発動し、光る魔力弾を散弾銃のようにばら撒いた。これは模擬戦用魔法であり、何かの合図を送るために使う事もある魔法だった。
ジョンソンがステイシーに気付いて近付いて来た。
「ダンジョンにまで来るなんて、どうしたんです?」
「地上に邪卒王が現れたのよ」
それを聞いたジョンソンが溜息を漏らした。
「邪神眷属のズメイを倒したばかりで、疲れているんですけど」
「近くに邪卒王を倒せるほどの冒険者は、あなたしか居ません」
「ステイシー本部長なら、倒せるのでは?」
「私一人だと、確実に倒せるとは言えません」
「地元の生活魔法使いはどうなんです?」
「魔法レベルが低い生活魔法使いは居るそうよ。でも、『ホーリーメテオ』が使える者は居ないと冒険者ギルドの職員が言っていたわ」
アメリカは生活魔法使いを育てる政策を始めていたが、まだその効果が表れていなかった。ステイシーがジョンソンに視線を向ける。
「A級上位の魔装魔法使いに、生活魔法を習得するようにサポートしていますが、すぐに成果は得られません」
ジョンソンが顔をしかめた。
「才能があればいいですが、ないと『才能の実』や『限界突破の実』が必要になります。それよりステイシー本部長が、低い魔法レベルで使える邪卒用の攻撃魔法を創ればいいのでは?」
「魔力だけしか使えない攻撃魔法と、D粒子も使える生活魔法では、後者の方がシンプルな構造になるのよ」
シンプルな構造にできるから、習得する魔法レベルを低く抑える事ができるという事を、ステイシーが伝えた。
「それより急いで地上に戻るわよ」
二人が地上に戻った時、陸軍基地の方向が山火事になっているのが見えた。邪卒王が周囲を燃やしながら進んでいるのだ。
ジョンソンは燃える山々を見て険しい顔になった。
「あなた、ホバーバイクを持っていたわよね。それで行きましょう」
「しかし、ダンジョン以外での使用は、許可されていませんよ」
「私が責任を持つから」
ステイシーとジョンソンは、ホバーバイクに乗って邪卒王が居る場所へ向かった。
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