第943話 邪神眷属ズメイ

 タウナーダンジョンに現れた邪神眷属のドラゴンが、動きを止めた。そして、三つある頭の一つが大きく口を開ける。


「ブレスだ! ブレスを吐くぞ!」

 ジョンソンが大声で叫ぶと、下で戦っている冒険者たちに向かってホバーバイクを急降下させた。そして、五人の冒険者の中から若い女性を選ぶとホバーバイクに引き摺り上げた。


「きゃあああ!」

 ホバーバイクを上昇させたジョンソンは、大声を上げて騒ぐ女性冒険者に声を掛けて落ち着かせる。その瞬間、大口を開けたズメイの口から眩しい炎を放たれた。それはガスバーナーの炎のように一直線に伸び、地上で逃げようとしている冒険者たちを枯れ枝のように燃え上がらせる。


 炎に包まれた冒険者たちは藻掻き苦しんでから地面に横たわった。空を飛ぶホバーバイクから見ていたジョンソンは顔を歪めた。


「一人しか助けられなかった」

 ジョンソンが呟いた時、助けた女性冒険者は後部席で震えながら地面に横たわる冒険者たちを見ていた。グリムが作ったホバーバイクは、基本二人乗りなので二人目を乗せられるのだ。


「た、助けられないんですか?」

 地面に横たわっている冒険者の中に仲間や知人が居るのかもしれない。

「無理ですね。あの様子だと生きている者は居ない」

 それを聞いた女性の目から涙が溢れ出した。


「階段まで送るから、そこから地上に戻って、あの化け物の事を冒険者ギルドに報告してくれ」

 その女性冒険者は頷いたが、怯えて混乱しているようだ。ジョンソンが階段までホバーバイクを飛ばして着陸した時、上からシンシアが下りてきた。


「地上に戻らなかったのか?」

「ごめんなさい。気になって……」

 あの咆哮が気になり、誰かが二層に戻って来るのを待っていたらしい。ジョンソンはシンシアに事情を話し、ズメイから助けた女性冒険者を預けた。


「この女性と一緒に地上に戻って、事情を冒険者ギルドに報せてくれ」

「分かりました。ジョンソンさんはどうするんです?」

「ズメイを地上に出す訳にはいかない。倒せるかどうか分からないが、戦うつもりだ」


 シンシアは目をキラキラさせてジョンソンを見詰めた。こういう目をした女の子は面倒な事を起こす事があるので、女難じょなん避けの呪文を使う事にした。


「俺に惚れると火傷やけどするぜ」

 それを聞いたシンシアが、いきなり笑い出した。

「お腹痛い。ダメですよ。そういうセリフは、特別な人しか使えません。マイナス五ポイントです」

 ジョンソンは、シンシアからマイナスポイントを付けられた。この呪文は効果があるようだ。


「そんな事より、冒険者ギルドへの報告を頼むぞ」

 シンシアは頷き、まだ混乱している女性を連れて階段を登って行った。それを見送ったジョンソンは、またホバーバイクに乗るとズメイが居た場所を目指して飛び始めた。


 三つ首のドラゴンを探しながら飛んでいると、先ほどより階段に近い場所で見付けた。やはりズメイは地上に向かっているようだ。


「ここで食い止めないと……」

 こういう手強い魔物は、何回か戦って相手の情報を集めた後で仕留めるのが本来のやり方なのだが、そういうやり方だとズメイが地上に出てしまいそうだった。


 ジョンソンは着陸してホバーバイクを仕舞うと、徒歩でズメイの方へ進んだ。そして、百メートルほどの距離まで近付いた時、ズメイがジョンソンに気付いた。


 三本ある首がゆらゆらと揺れている。ジョンソンが強敵だと認めたのか、最初から三つの口が大きく開いた。


「それはないだろ」

 ジョンソンはブレスが吐き出された瞬間に『フラッシュムーブ』を使って回避した。すると、三本の炎の帯がジョンソンを追い掛けてくる。


 もう一度『フラッシュムーブ』を使って移動し、収納アイテムから『ヴェル』という投げ槍を取り出した。そのヴェルに魔装魔法の『イービルスレイヤー』を掛ける。武器に<邪神の加護>を無効にする効果を付与すると同時に貫通力を強化する魔法である。


 ジョンソンは素早く槍を投げた。飛翔したヴェルは音速を超えてズメイの胸に突き刺さった。<邪神の加護>は発揮されなかった。ズメイに突き刺さっていた投げ槍は、自動でズメイの胸から抜けてジョンソンの手元に戻ってくる。


「よし、『イービルスレイヤー』の<邪神の加護>無効は、ちゃんと働いたようだ」

 但し、ズメイに与えたダメージは小さい。それはジョンソンが持っている投げ槍がヴェルだけで、そのヴェルの威力が小さかったからだ。最初から分かっていた事なので心臓を狙ったのだが、届かなかった。


 血を流すズメイがまた咆哮を放った。近距離で聞いたジョンソンの耳が、痛くなるほどの咆哮である。低位の冒険者なら咆哮を聞いただけで身体が動かなくなる者も居るだろう。だが、ジョンソンは『ホーリークレセント』を発動し、<聖光><分子分解><斬剛>の三つの特性が付与された三日月形の刃をズメイに向かって放った。


 それに気付いたズメイは、飛んで来る聖光分解エッジに噛み付いた。鋭い牙で噛み砕こうとしたらしい。だが、そんな真剣白刃取りみたいな事が成功する確率は低かった。聖光分解エッジは牙と牙の間を擦り抜け、三つある頭の一つを真っ二つに切り裂いた。


「自分から切られにいくなんて……馬鹿だな」

 ズメイの頭は三つあるが、脳みそは三分割されているのかもしれない。ズメイは残った頭を振り回して激怒している。二つの頭が同時に大きく口を開ける。ジョンソンはブレスが来ると予想し、『フラッシュムーブ』の準備をした。


 ズメイの二つの口から炎の帯が吐き出されると思っていたのに、吐き出されたのは二つの火の球だった。それがジョンソンに向かって来る。


 ジョンソンは『フラッシュムーブ』で移動した。すると、二つの火球が軌道を変えてジョンソンを追尾し始める。


「ヤバイ」

 ジョンソンは急いで『マナバリア』を発動し、魔力バリアを展開した。その魔力バリアに火球が命中して大きな爆発が起きた。しかも連続で二回である。


 二発目の爆発の時、最後の最後で魔力バリアが耐えきれなくなって崩壊した。その結果、爆風でジョンソンの身体が宙に舞い上がり、地面に叩き付けられる。


「ぐふっ」

 ジョンソンは呻き声を上げながら起き上がり、ホバーバイクを出して乗り込むと飛び上がった。今の状態では満足に動けないと判断したのだ。ホバーバイクは戦闘用ではないので、それほど機敏な機動ができない。だが、傷付いた身体で動くよりはマシだと考えたのである。


 それに『ブーメランウィング』などの魔法を発動するのも無理そうだった。


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