第883話 奈半利ダンジョン

 俺とアリサ、それに姫川たちも『ブタバシリ』の情報を探し始めた。俺とアリサは東京の冒険者ギルド本部へ情報を探しに行き、姫川たちは渋紙市の冒険者ギルド支部で探す。


 冒険者ギルド本部に到着すると、慈光寺理事長に許可をもらい資料室にある資料を徹底的に調べ始める。こういう調査で力を発揮するのは、メティスとエルモアの組み合わせだ。


『調査は私に任せてください』

 エルモアは大量の資料を棚から持ち出し、組み込まれている悪魔の眼を使って速読する。三百ページほどの資料を五分ほどで読み終えるようだ。


 エルモアの他にもタア坊やハクロも調査に参加した。彼らも文字が読めるように訓練したのだ。但し、高性能なソーサリーアイではないので普通の速度で読んでいる。ちなみに為五郎やネレウスは文字を読む訓練をしていないので、こういう調査には役に立たない。


 俺とアリサもダンジョンの植物が記述されている資料を引っ張り出し読み始めた。三時間ほど調査を続け、ちょっと休憩しようかと思い始めた頃、タア坊が資料を一冊持ってちょこちょこと小走りで来て資料を渡した。


「この資料がどうかしたのか?」

 俺はその資料をパラパラとめくってみた。すると、真ん中辺りに『ブタバシリ』という文字が目に入る。

「ん、これは……」

 アリサが近寄ってきて資料を覗き込む。そこには四国の高知にある中級ダンジョンでブタバシリが発見されたという記録があった。


「これだ。タア坊が見付けてくれたぞ」

 それを聞いたエルモアが肩を落とす。その様子を見てメティスにも感情があるのだと感じた。たぶん『タア坊に負けるなんて……』とか思っているのだろう。


「それでどのダンジョンなの?」

「高知の奈半利なはりダンジョンだ」

 アリサの質問に答えた俺は、次は奈半利ダンジョンの情報を探すように指示した。この情報はエルモアが発見した。奈半利ダンジョンは二十層まで攻略が進んでいる中級ダンジョンだ。


「奈半利ダンジョンへ行くの?」

 アリサが尋ねた。

「いや、慈光寺理事長から連絡がつくところで待機してくれ、と頼まれている」

「あらっ、何かあったのかしら」

「ベトナムでダークウルフが発見された」


 それを聞いたアリサが腑に落ちないという顔をする。

「ダークウルフに対する対策は、ほぼ確立されているから、あなたが待機する必要はないんじゃない」


「まあ、そうなんだけど。今回が最後だそうだ。次の邪卒からは待機依頼は来ないと思う」

「私も待機する必要があるの?」

「俺だけだ。だから、代わりに姫川たちを連れて高知に遠征に行ってくれないか?」

「いいわよ。ブタバシリを採取してくればいいのね?」


 ブタバシリの採取は、アリサたちに頼む事にした。奈半利ダンジョンについても調べ終わると、シャドウパペットたちを影に戻して慈光寺理事長のところへ挨拶に行った。


 理事長室に入って挨拶だけして帰ろうと思っていたのだが、慈光寺理事長が話をしたいというので、俺とアリサはソファーに座る。


「ところで、何を調べていたのか聞いてもいいかね?」

「秘密にしている訳ではないので構いません。ダンジョンの植物の中で食料になるものを探していました」


「ほう、面白い。果物はよく聞くが、作物となると記憶にないな。それで結果は?」

「まだ探しているところです。見付かったら報告します」

「ありがとう。その件は実績として高く評価する事を約束する」


 アリサが鋭い視線を慈光寺理事長に向ける。

「理事長、日本政府はダンジョンを使った食料生産は考えていないのですか?」

「食料生産? ああ、ポーランドでの試みの事だね。同じような事をしようと考えているらしい。確か千葉の開虹かいこうダンジョンで試すと聞いている」


 やっぱり日本でもダンジョンでの食料生産を考えていたようだ。どこまで進んでいるかが、気になるところである。やはり農林水産省が中心になってやっているのだろうか? 今度確かめてみよう。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 東京から戻ったアリサは、高知の奈半利ダンジョンの事を姫川たちに話した。

「へえー、四国のダンジョンなんですか。遠いですね」

 咲希がのんびりした口調で言う。咲希は生活魔法の才能が『D』で魔法レベルが『10』と限界に達していたが、グリムから『限界突破の実』を手に入れて才能が『D+』に変化していた。


「ブタバシリというのは、どんな味なのかな?」

 紫音が咲希に尋ねた。

「分からないけど、ジャガイモに似ていると聞いた」

「ふーん、ポテトチップスの材料になるかもね」


 最近では食料品の価格が上がり、街を行き交う人々の顔が暗くなっている。それに比べて咲希たちは食料不足に対する危機感がないようだ。グリーン館に植物工場があるからだろう。


「私たちが居ない間、鍛錬ダンジョンの農園は、どうするんです?」

 姫川が気になった事をアリサに尋ねた。

「シャドウパペットたちが世話をする予定よ。ただこのまま栽培しても、収穫できるか分からないので悩んでいるの」


 余裕のある時なら、失敗しても研究材料になると考えて続けるのだが、こういう危機的状況の時に続けるのかという判断は難しい。


 アリサたちは準備をして飛行機で高知に向かった。姫川、咲希、紫音の三人は初めて飛行機に乗るというので嬉しそうだった。


 高知に到着すると、バスを乗り継いで奈半利の冒険者ギルドまで行く。そこで奈半利ダンジョンに潜る事を伝えてから、最新のダンジョン情報を調べた。


「あまり探索は進んでいないみたいですね」

 姫川が言った。その声が少し大きかったようで、資料室で調べ物をしていた他の冒険者たちに聞こえたようだ。


「お嬢さんたちは見ない顔だな。他所よそから来たのか?」

 三十代後半の男がアリサたちに声を掛けた。

「ええ、渋紙市から来ました」

「もしかして生活魔法使いなのか?」

「そうです」


 才能的には分析魔法使いなのだが、生活魔法の魔法レベルが一番高いのでアリサは肯定した。

「先輩は魔装魔法使いですか?」

「そうだ。それより探索が進んでいないと言っていたな」

「ええ、二十層でストップしているようですが、なぜです?」


「あそこの中ボスが、手強いからだよ」

「ああ、資料にあったゴブリンジェネラルですね。ついでに倒して帰りましょうか」

 その地元冒険者が呆れた顔をする。

「はあ、何言っているんだ。ゴブリンジェネラルだぞ」


 アリサは外見が高位冒険者に見えないので、時々こういう反応をされる事がある。これだけはどうしようもないと諦めていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る