第882話 ダンジョンの作物

 光の短剣と邪神眷属の魔石を換金した鉄心は、生徒たちを先に帰した後に気になる事を支部長に尋ねた。

「草原ダンジョンのダンジョンボスが、オークナイトだと聞いています。それが邪神眷属になったという事は、草原ダンジョンは大丈夫なんですか?」


「草原ダンジョンは、ダンジョンボスが居ないダンジョンじゃなかったのか?」

 支部長は、草原ダンジョンのダンジョンボスがオークナイトだと知らなかったようだ。

「グリムから教えてもらったんです。あのダンジョンには隠し通路があって、その通路の先にボス部屋があるそうです」


 鉄心は隠し通路の存在は聞いていたが、具体的な場所は聞かなかった。生活魔法使いを育てるために使っていると聞いたからだ。


「邪神眷属というのは、ダンジョンが作り出した魔物を邪神が乗っ取り邪神眷属に改造した、と言われている」

 鉄心の話を聞いた支部長は、頭の中を整理するかのように言った。


「だから、ドロップする魔石が紫色に変質すると聞いています」

 鉄心が言うと支部長が頷いた。

「それに邪神眷属が倒された瞬間、邪神のコントロールが切れるので、ダンジョンが用意したドロップ品も残るのだという説もある」


「初めから邪神に作られた邪卒とは、全く違う。あいつらは倒しても何も残らないから、滅茶苦茶評判が悪いですよ」


 それを聞いた支部長が苦笑いする。

「邪卒の方が、人類にとっては脅威なんだがな。それより草原ダンジョンについて調査させよう。もし邪神が草原ダンジョンを完全に掌握しているのなら、ダンジョンボスが復活した時、また邪神眷属になるかもしれない」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「これは成功すると思う?」

 新聞を読んでいたアリサが俺に尋ねた。俺はまだ今日の新聞を読んでいなかったので、その記事を見た。それはダンジョンで作物を育てようという実験プロジェクトの記事だった。


 それはポーランドで行われているプロジェクトで、ジャガイモの苗や小麦をダンジョンに持ち込んで栽培できるか試すものだという。


「このプロジェクトが成功したら、食料問題は解決しそうだな」

「でも、そんな簡単じゃない気がする。試しに鍛錬ダンジョンで同じ事をやってみましょうか?」

「でも、俺たちだけじゃ大変だぞ」


 アリサは少し考えていたが、生活魔法を教えている姫川ひめかわ咲希さき、それに紫音しおんに手伝いを頼む事にしたようだ。姫川は富山出身の攻撃魔法使い、咲希は群馬出身の分析魔法使い、紫音は広島出身の生活魔法使いである。


 紫音は三橋師範が広島で弟子にした生活魔法使いである。半年ほど前に渋紙市へ来て三橋師範から学び始めた。とは言え、生活魔法を教えるのなら、バタリオンに入って俺から学んだ方が良いだろうと三橋師範は考え直した。


 三橋師範も教える事はできるのだが、その使い方が独特なので紫音の適性に合っているかどうか分からない。やはり基本に忠実な生活魔法を学んでから、三橋師範の戦い方を学んだ方が良いと思ったようだ。


 ダンジョンで作物の栽培を試そうと考えてから、農業の基礎を勉強した。まずは土作りだが、ダンジョンの土地を耕すのを人力で行うのは大変なので魔法で何とかできないかと考えた。


 そこでダンジョンを耕すために『カルチベーター』という魔法を創った。耕運機という意味で、幅百五十センチの土地をD粒子の刃で切り裂き、土を粉々にして耕す生活魔法である。粉々にした土が飛び散らないようにカバーも付ける。D粒子の刃やカバーは魔力コーティングしたので、二十分くらいは動かし続ける事ができるだろう。


 それをアリサと三人の弟子に教えた。

「グリム先生、ダンジョンなんかで作物を栽培したら、魔物に荒らされるのではないですか?」

 姫川がもっともな質問をした。

「そうかもしれない。だけど、それを防ぐ方法を探すのも、今回の試みの一つなんだ」


「ポーランドで同じ事をしているんですよね。日本でも同じプロジェクトを立ち上げるんじゃないですか?」

 咲希は俺たちが同じ事をしても意味がないと言っているようだ。


「俺たちは生活魔法を使って、これを成功させられないか試すんだ」

 ポーランドは多くの農業機械や重機などをダンジョンに持ち込んでプロジェクトを進めている。たぶん、日本政府が研究するなら、同じ事をするだろう。


 俺たちは鍛錬ダンジョンの一層に実験農場の区画を決め、そこを『カルチベーター』の魔法を使って耕し始めた。


 『カルチベーター』を発動すると土を耕すD粒子のロータリー爪が形成され、それが高速回転して草が生い茂る土地を耕し始める。俺がゆっくりと前進するとロータリー爪も前進して土を耕す。


 アリサたちも耕し始め、短時間で縦二十メートル、横五十メートルの草地が耕作地に変わった。縦と横がそれぞれ十メートルの広さが一アールになるので、ちょうど十アールになる。


 そこで様々な作物の栽培を始めた。小麦、サツマイモ、ジャガイモ、とうもろこし、大豆、キャベツ、レタス、大根、トマト、きゅうりなどである。ダンジョンの中は季節がないので、同時に育て始める。


 もちろん、作業はシャドウパペットたちにも手伝ってもらった。何日か経過するとダンジョンの畑に雑草が生え始め、草取りをしないとすぐに元の草原に戻る事が分かった。


 草取りをして畑を維持すると、少しずつ作物は育つ。だが、地上より育ちが悪い。

「ダンジョンの中は、光が弱いから作物の成長が悪いようだ」

 俺は上を見上げた。三百メートルほど上に天井がある。たぶん岩で出来ているのだろう。その岩が弱い光を発しているので、ダンジョン内は曇の日のような明るさである。


 アリサたちが畑の様子を見に来た。

「植物工場の作物と比べると、明らかに成長が遅いみたい」

 顔を曇らせたアリサが言った。

「そうだな。やっぱりダンジョンで栽培するには、ダンジョン産の作物じゃないとダメなのかもしれない」

『そうかもしれません』


「メティス、人間が栽培できそうなダンジョン産の食用植物というのは、存在するの?」

 アリサがメティスに質問した。

『人間が栽培できそうな食用植物となると、『ブタバシリ』でしょうか』

「なんか毒がありそうな植物だな。そのブタバシリというのは、どんなものなんだ?」


『毒はありません。外見は里芋に似ており、地中に実る芋はジャガイモに似ているでしょう。ただどこにあるのか分かりません』

「探してみよう」


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