第871話 篠田の修業
篠田のために製作依頼した槍が完成した。
「先輩、ありがとうございます」
<貫穿>の特性が付与された槍を手にした篠田が、感謝の声を上げた。
「それより攻撃魔法の『バレット』は習得できたのか?」
「ええ、やっと習得しました」
「では、実戦で試してみよう。石狩ダンジョンへ行くぞ」
三橋師範たちは石狩ダンジョンへ向かう。着替えてダンジョンに入った二人は、六層の山岳地帯まで下りた。篠田がオークナイトと遭遇して怪我したのは、ここだった。
「先輩、今日は何を狩るんです?」
「狩るのはアーマードウルフだ。防御力が高いアーマードウルフで、ブルースピアの威力を確かめる」
<貫穿>の特性が付与された槍は海外で多く作られており、ブルースピアと呼ばれている。日本の生活魔法使いが作る場合もあるが、数としては多くないようだ。
六層の山道を歩いていると、リザードマンと遭遇した。篠田がブルースピアを構えて前に出る。槍の長さは百八十センチほどで短槍に分類されるものだ。
リザードマンがロングソードを持って迫って来る。篠田は槍のリーチを活かして突き放つ。だが、ロングソードによって弾かれた。槍を引き寄せた篠田はもう一度ブルースピアを繰り出す。その穂先がリザードマンの胸に突き刺さり背中まで貫通した。
「ほとんど手応えがなかった」
篠田はブルースピアの貫通力の高さに驚いているようだ。だが、リザードマンの防御力はそれほど高くはないので当然の結果である。
「篠田、次の獲物が来たようだぞ」
左前方から一匹のアーマードウルフが現れた。アーマードウルフは体長百六十センチほどで体表が緑色の頑丈な鱗で覆われている。この鱗が頑丈で鋼鉄製の武器ではダメージを与えられないほどだった。
「槍の突きは、スパーンと突き出せ」
三橋師範からの指示が飛んだ。昔の経験があるので、三橋師範が何を言いたいのか篠田には分かった。踏み込んでから槍を繰り出すのではなく、踏み込むと同時に槍を突き出せと言いたいのだ。
槍を使い始めたばかりの篠田にとって難しい指示だった。頭では分かっているが、その通りに身体が動かない。これが三橋師範だったら、イメージできればその通りに身体を動かせる。それほどハイレベルな身体操作能力を持っているのだ。
アーマードウルフが凄い速さで走りより跳躍した。三橋師範の指示で早撃ちの練習をした『バレット』を発動し、魔力弾をアーマードウルフに放つ。魔力弾がアーマードウルフの胸に命中したが、貫通せずに弾いただけで消滅する。
それでもアーマードウルフの突撃は止まった。着地したアーマードウルフにブルースピアを突き出す。その穂先が肩の鱗に命中して貫通する。
それを見た三橋師範は満足そうに頷いた。アーマードウルフの緑色の鱗は、蒼銀と同じほど硬いと言われているのだ。それを貫通したという事は、<貫穿>が効果を発揮しているという事だろう。
ダメージを受けたアーマードウルフは動きが遅くなり、篠田がブルースピアでトドメを刺した。
「よし、上出来だ。オークナイトを一撃で倒せるようになるまで続けるぞ」
こうして篠田の命懸けの修業は続いた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
邪卒王が潜り込む事で噴火を起こしたタンボラ山の火山活動がようやく収束した。但し、タンボラ山が噴き上げた火山灰は、半径千キロの範囲に降り積もった。
それだけではなく噴煙や火山灰が成層圏に達し、それらにより陽射しが遮られたために世界中で気温が低下するという影響をもたらしたのだ。これは『火山の冬』と呼ばれる寒冷化現象である。
「今年の冬は寒いな」
俺は屋敷の庭に降り積もった雪を見ながら言った。俺の隣でアリサも雪を見詰めている。
「アメリカやヨーロッパでも大雪になっているそうよ」
「これもタンボラ山の噴火が影響しているのだろうか?」
「気象学者は、今後一年間は影響が残ると言っているみたい」
「一年……そうなると、農業にも影響するんじゃないか?」
「ええ、特に冬小麦は凶作になると予想され、小麦の値段が上がっているのよ」
「へえー、もう影響が出ているんだ」
「他人事のように言っているけど、深刻な問題よ。食料自給率の低い日本は、餓死する人がでるかもしれない」
「しかし、政府や世間は騒いでいるようには見えないぞ」
「今はそうでも、来年になって冬小麦を収穫する春、稲刈りの時期である秋になれば、騒ぎ出すと思うの」
それほど深刻な問題だとは思ってもみなかった。しかし、食料は生活魔法でなんとかなるという問題ではないので、俺にはどうしようもない。
「生活魔法じゃ、どうにもならない」
アリサが首を傾げた。
「本当に食糧生産の手助けをできないの?」
「生活魔法と呼んでいるけど、実質は『D粒子操作魔法』だ。D粒子を操作しても食料は生産できないよ」
「でも、励起魔力発電システムがあるのだから、エネルギーを使って食料を手に入れられないかしら」
アリサは植物工場のようなものを考えたらしい。だが、建設費用や時間を検討した結果、間に合わないという結論が出た。
「植物工場は間に合いそうにないわね」
「でも、用意だけはしておこうか」
「どういう事?」
「たぶん、食料危機になると分かったら、既存の畑は野菜ではなく、イモ類や大豆などの栽培を始めて野菜が少なくなると思うんだ」
「だから、植物工場で野菜を育てようという事。でも、火山の冬がすぎたら、野菜の露地栽培は元に戻るから、植物工場が割高になりそう」
「エネルギー代は、励起魔力発電システムで節約できるから、それほど割高にはならないと思う。研究課題として取り組ませればいい」
俺は植物工場に詳しい専門家と食料関係の研究をしている研究者を募集してアイデアを出してもらう事にした。
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