第872話 諮問委員会

 俺は食料問題研究センターを立ち上げた。その研究センターでアイデアを募集すると、有望なアイデアがいくつか届いた。その中で魔法を利用した農業を研究しているという研究者から、水耕式植物工場の提案があった。


 植物工場の主流は水耕式である。培養液で植物を育てる水耕式には、メリットの一つに連作障害がない事、デメリットにイモ類などの土の中に実が出来るものには向かないという事がある。


 この提案をした宮内みやうち准教授は、白菜やキャベツ、トマトなどの栽培を研究していた。ビルや倉庫などの閉鎖空間に人工照明付きの多段式の栽培棚を設置し、そこで白菜やキャベツ、トマトなどの多品目野菜を育てるというものだ。


 准教授の研究で面白いのは、人工照明に付与魔法を応用して作製した照明を使うという点だ。そのエネルギーは魔力である。魔力だとかえって高価になるのではないかと思うかもしれないが、ただで手に入る魔力があるのだ。


 励起魔力発電システムで励起魔力を熱に変換する時、全てが熱に変換されずに一部が魔力に変換されてロスしてしまう。そのロスする魔力を光に変えようという計画である。


 そのためには励魔発電プラントの近くに植物工場を建設する必要がある。これには電力会社の協力が必要になるだろう。たぶんアルゲス電機からの要望と言えば、協力してくれるに違いない。


「やはり、たった一年ほどでは、十分な量の野菜を栽培できる植物工場は、建設できそうにないな」


 それを聞いたアリサは頷いた。

「研究は続けるんでしょ」

「ああ、ただ目標をどれくらいにするか迷っている」

 俺は世界や日本の食糧不足を解決しようとしている訳ではない。それは各国政府の仕事だ。俺がしようとしているのは、食糧不足を解決する方策の一つを提案する事だ。そして、自分たちが食べる分の食料は確実に確保したいと思っている。


「グリーン館の朱鋼製発電装置から発生する魔力を使うなら、まだ使用していない空地に植物工場を建てたら」


 グリーン館の敷地には、二千五百平方メートルほどの空き地がある。そこに植物工場を建てようという提案だった。


 俺は宮内准教授ともう一人の人物に会い、共同研究する約束をした。もう一人というのは、野平のひら教授という九州の大学で研究している人物で、工業的に食料を生産できないか研究している。


 植物工場の建設が始まると、その記事が新聞に載って注目が集まった。そして、なぜ食糧不足を心配しているかが世間に知れ渡ると政府は何をしているのだという声が上がった。


 そんな時、政府が食糧問題諮問委員会を立ち上げ、その会議に俺が招待された。食糧問題に関する意見を聞きたいという事だ。


 俺が会議に出席すると知ったアリサが意外だという顔をする。

「てっきり断ると思っていたのに」

「日本政府が何を考えているか、聞き出そうと思っている」

 アリサが納得したように頷いた。


 俺は東京へ行って食糧問題諮問委員会の会議に出席した。会長は農業振興機構の理事長で天草あまくさという人物だった。会議室に案内された俺が椅子に座ると、自己紹介してから会議が始まった。


 残念な事に会議に出席している半分ほどが、異常気象が起きても限定的なものであり、農業にはそれほど影響がないと思っていた。


「アメリカとヨーロッパでは大雪が問題になっています。それが農業に影響しないと言うのですか?」

 俺は農業への影響は少ないという気象学者に尋ねた。

「過去にタンボラ山が大噴火した時代とは違い、今の農業は格段に技術が発達しています。十九世紀に起きた大噴火の時には、飢饉が起きました。しかし、現代では起きないでしょう」


 その気象学者は現代の農業技術を過大評価している気がする。それに彼は気象学者であって農業技術者ではない。それほど農業技術に詳しいかという疑念を覚えた。


 その気象学者によれば、小麦などは品種改良が進んでいて少しくらいの寒さや日照不足では、収穫量がそれほど落ちないと言う。


「政府は何の対策も打たないのですか?」

「安心してください。政府は小麦の買付を増やしています」

 いわゆる青田買いというものである。来年の春に収穫する予定の小麦を買う契約を増やしているらしい。ただ同じ事を小麦の輸入国がしているので、小麦の価格が急上昇しているようだ。


 火山の冬の影響が一年だけという事なので、政府は一時的な対応で済ませるつもりでいる。政府の対応は妥当なものだと受け止められた。その様子を見た俺は、眉間にシワを寄せた。作物の不作程度だったら、その対策で大丈夫かもしれない。だが、それが凶作だと分かった時、小麦の輸出国がどうするか不安になったのだ。


 政府は慎重すぎると思えたが、大々的に予算を組んだ後に火山の冬の影響が小さいと分かった場合、世間から馬鹿な予算を組んだと非難されるのも事実だった。


 政府は青田買いだけでなく、栽培する作物をサツマイモやジャガイモ、ヒエ、ソバなど救荒作物に変える事を農家に奨励するという。


 会議から帰った俺は政府の動きをアリサに説明した。

「日本政府は状況を甘く考えている気がする」

「どういう事だ?」

「邪卒王が一匹だけだと思い込んでいる、という事よ」

 邪卒王というのは、邪卒の王という事ではなく『キングスネーク』と同じように邪卒の種類に付けられた名称なのだ。他に現れてもおかしくない。


 俺は嫌な事を聞いたという顔をする。

「アリサは、邪卒王が別の場所に現れると思っているのか?」

「邪神にとって一番有効な手段は、邪卒王だと思うの」


 俺もそんな予感がしていたので、アリサの言葉がすんなりと頭の中に入った。そして、邪神を封じているギャラルホルンの傷が拡大したという情報を思い出す。


 それからしばらくして、富裕層の間で地方で放置してある休耕地を借り、人を雇って畑に戻して救荒作物の栽培を始めるという事がブームになった。


 そして、新年になってアメリカで冬小麦の作柄予想が発表された。それは日本政府が考えていた以上に悪い予想だった。


 俺は建設が始まった植物工場の様子を見ながら早めに手を打って良かったと感じる。また各電力会社から植物工場の話を聞きたいという連絡が食料問題研究センターに入るようになり、食料について不安に思う人々が増えたのだと感じた。


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