第870話 三橋師範の贈り物

 冒険者ギルドで報告を終えた三橋師範は札幌に向かった。篠田の道場に到着すると中に入る。道場には誰も居らず、母屋にも篠田の姿はなかった。


「買い物にでも行ったのか?」

 三橋師範は母屋で待つ事にした。それから二時間後に篠田が帰ってきたが、様子がおかしい。

「どうした?」


 篠田は青い顔でふらふらしながら歩いていた。

「ダンジョンでドジを踏んだんです」

 近くの中級ダンジョンへ行った篠田は、運悪くオークナイトと遭遇して怪我を負ったという。戦って敵わないと判断した篠田は、近くの崖から飛び降りて逃げた。その結果、全身打撲で歩くのがやっとの状態になったそうだ。


「病院へは行ったのか?」

「行っていません」

 金がなくて病院へは行かなかったというので、三橋師範はマジックポーチⅦから初級治癒魔法薬を取り出し、篠田に飲ませた。


 魔法薬を飲んだ篠田は、すぐに効果が現れて怪我が治って顔色も良くなった。

「先輩、済みません」

「しかし、オークナイトにやられるとは、少し不甲斐ないな」

「B級になった先輩ならそうかもしれませんが、E級の私には強敵です」


 オークナイトは金属製鎧を装備してロングソードを武器にしているので、貧弱な武器しか持たない魔装魔法使いには強敵なのだ。


 ただ魔法レベルが『7』になると『トリプルスピード』を覚えられるようになり、スピードを活かしてオークナイトに勝てるようになる。但し、そのスピードを活かせるような戦い方ができるなら、という条件が付く。


「魔法レベルはいくつだ?」

「『6』になったばかりです」

「魔装魔法の他に才能があるのは?」

「攻撃魔法が『D』ですが、全く修業していないので使えません」


「冒険者として生計を立てるのなら、修業しろ。どんな仕事も中途半端な気持ちではものにならんぞ」

 三橋師範が言うと、篠田が頷いた。


「ところで、B級昇級試験はどんな感じだったのですか?」

 篠田に質問されたので、三橋師範は羊蹄ダンジョンでの戦いを語った。

「凄いですね。どうしたら、そんなに強くなれるんですか?」

「儂の場合は、グリムの教えを受けたから参考にならんかもしれん。だが、基本は魔法の使い方を研究し、納得がいくまで磨き上げる事だと思うぞ」


「磨き上げると言うと、どうするのです?」

「例えば、魔装魔法の基本と言える『パワーアーマー』だ。筋力を二倍、防御力を二倍にする魔法だが、それを発動した後にどう戦うかだ」


「どう戦うかも何も、普通に戦っていますよ」

「『パワーアーマー』を発動した前と後で、戦い方が同じというのは、『パワーアーマー』を活かした戦い方をしていない、という事だ」


「そうかもしれません」

 篠田がガクリと肩を落とした。

「それに気付いたなら、これから工夫すれば良いのだ。儂も弟子のグリムと一緒に高速戦闘術の改良を続けている」


 それを聞いた篠田は感動したようだ。三橋師範と篠田は、その日と次の日も語り合い。一緒にダンジョンへ行こうという事になった。実戦でないと分からない事もあるのだ。


 その日、二人は中級の石狩ダンジョンへ向かった。ダンジョンハウスで着替えた二人はダンジョンに入る。


「武器は黒鉄製の刀か。剣術を学んだ事があるのか?」

 三橋師範が質問すると、篠田は首を振って否定する。

「自己流です。冒険者を始める時に、なんとなく武器は刀に決めたんです」

 三橋師範がジト目で篠田を見る。


「武器なんて、何も習った事がないんです」

 どれでも同じだと言いたいらしい。

「日本刀は訓練しないとちゃんと扱えないと思うのだが、まあいいだろう」


 まずは篠田がどんな戦いをするのか見たいと考えた三橋師範は、オークを相手に戦うように指示した。篠田はオークを見付けると刀を抜いた。刃渡り七十センチほどの黒鉄製の刀である。


 篠田に気付いたオークが、棍棒を振り上げて走り出す。篠田は『パワーアーマー』で筋力を強化してから走り出し、オークが棍棒を振り下ろすタイミングで斜め横にステップして躱し、刀でオークの腹を斬る。


 腹を斬られたオークが二、三歩よろよろと進んで振り返る。その瞬間、刀がオークの首を刎ねた。


「先輩、どうでした?」

「悪くはないが、なぜ一撃で仕留められなかったんだ?」

「オークの腹は贅肉が厚くて、刃が奥まで入らなかったのです」


 その言葉を聞いた三橋師範は違和感を感じた。オークなど雑魚だと思っているので、それほど防御力が高かったかと疑問に思った。


 試しにオークと戦って見ようと思った三橋師範は、次にオークと遭遇した時に自分が倒すと前に出た。武器はケンタウロススケルトンから手に入れた白鬼鉈を選ぶ。


 先ほどと同じようにオークが走り出した。走っているオークの腹が上下に揺れている。あの腹に日本刀で斬り付けても奥まで刃が入らないというのは納得できた。


 三橋師範も棍棒の攻撃を躱して白鬼鉈をオークの腹に送り込む。ほとんど抵抗なく白鬼鉈の刃が背中まで切り裂いた。黒鉄製刀と白鬼鉈では切れ味が圧倒的に違ったようだ。オークは倒れて藻掻き苦しんだ後に消えた。


「一撃で……凄いですね」

 篠田が感心したように声を上げると三橋師範が苦笑する。本当はオークの贅肉がどれほど切り難いか試すために戦ったのだが、白鬼鉈では切れ味が良すぎて分からないという結果になった。


「篠田、この白鬼鉈を再会した記念にプレゼントしよう」

「それは魔導武器ですよね。もらうには高価すぎます」

 三橋師範はあまり金銭的なものに拘らない性格なので、白鬼鉈がどれほどの価格になるのか気にしていなかったが、ダンジョン産の魔導武器を贈り物にするのはやりすぎだったようだ。


「これが嫌なら、羊蹄ダンジョンで手に入れた蒼銀で槍でも作るか?」

「なぜ槍なんです?」

「生活魔法に、蒼銀五百グラムに<貫穿かんせん>の特性を付与する『ブルーペネトレイト』という魔法がある。この魔法を使って作った蒼銀で槍を作ったら、と考えたのだ」


「それも高いのではないですか?」

「原価は大した事ない。鍛冶屋に支払う製作費くらいだ。儂とお前の仲だ。これくらいはいいだろう」

 そう言われると篠田も断れなかった。篠田から鍛冶屋を紹介してもらい、蒼銀製笹穂槍を依頼した。笹穂槍というのは笹の葉の形をした槍の事である。


 その槍が完成するまでの間、三橋師範はダンジョンで狩りをしながら篠田を鍛えた。篠田は途中で挫けそうになったが、蒼銀製笹穂槍の贈り物を考えて頑張った。そして、一つだけ学んだ。B級になるような冒険者は化け物だという事だ。


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