第867話 羊蹄ダンジョンの三橋師範
「取り敢えず、これを渡しておく」
三橋師範は数枚の万札を篠田に渡した。
「先輩、こんなものは……」
「遠慮など無用だ。儂は金に困っておらん。受け取って寿司の出前を頼む」
「あれっ、金に困っていないなら、ホテルに泊まれば良かったのでは」
「お前と一緒に飲みながら話をしたかった。それだけの事だ」
篠田が納得したように頷いた。篠田が寿司屋に出前を注文し、その出前が届くと二人は飲みながら話し始める。
ビールをゴクリと飲んだ篠田が、箸を使って寿司を口の中に放り込んだ。
「しかし、B級とは凄いですね」
「凄い弟子が儂のところへ来たのが、幸運だっただけの事」
「弟子? 何の事です?」
「儂の弟子の一人に、グリムというA級冒険者が居るのだ」
篠田がびっくりした顔になる。
「あ、あのグリム先生が、先輩の弟子なんですか?」
「そうだ。儂がナンクル流空手を教える代わりに、生活魔法を教えてもらっている」
「どうりで」
「そう言えば、冒険者になったと言っていたな。D級なのか?」
「いいえ、恥ずかしながらまだE級です。言い訳ではないのですが、魔装魔法使いはいい武器を手に入れないと、中々昇級できないのです」
そういう事があるのは、三橋師範も理解していた。それに篠田も歳だ。昔のようには動けないだろう。三橋師範がビールを旨そうに飲む。
「今はどういう狩りをしているのだ?」
「中級ダンジョンで、オークやリザードマンを狩っています」
「一個数千円の魔石を手に入れる狩りか。昔は儂もやっていた」
篠田が溜息を漏らした。
「そんな話はやめましょう。ナンクル流空手は完成したのですか?」
それを聞いた三橋師範が笑う。
「そんな簡単に完成するものではない。儂の代では完成せず、弟子たちが研究して完成形に近付けるはずだ。しかし、武術に完成形などないかもしれん」
「相手により有効な技が変わるからですか?」
「武術家は観察眼を磨き、様々な戦術を駆使できなければならない」
「戦術?」
三橋師範がニヤリと笑う。
「例えば、フェイントだ。こういう相手には、このフェイントが有効だと見抜き、そのフェイントを織り込んだ技を組み立てる。それが戦術だ」
「そう言えば、先輩のフェイントにはよく引っ掛かりました」
「お前は上下の動きに引っ掛かる癖があった。だから、顔面を狙った突きをフェイントに使って、下段蹴りで足を狙うといい蹴りが入れられた」
二人は楽しそうに話を続け、いつの間にか寝てしまう。
翌日、起きた三橋師範は少し身体を動かし、篠田と朝食を食べてから羊蹄ダンジョンへ向かった。ダンジョン近くの冒険者ギルドに入ると、名前を告げて昇級試験の事を尋ねる。
受付の若い女性職員が試験官を呼んだ。今回の試験官はB級冒険者の
「へえー、B級の昇級試験を受けるというから、もっと若い冒険者だと思っていた」
瀬戸はベテランという言葉が相応しい四十前後の男だった。と言っても、三橋師範よりは年下である。
「復活した中ボスを、倒そうという冒険者は居ないのか?」
三橋師範が質問すると、試験官の瀬戸は三橋師範が自分より年上だと分かって姿勢を正した。
「中ボスの巨人カークスは、チームで倒すと変なドロップ品しか残さないので、人気がないんです」
その代わりにソロで倒すと、それなりのドロップ品を残すらしい。
「昇級試験の場合は、どうなる?」
「中ボス部屋に試験官も入るが、手を出さないのでソロの扱いになるようです。それにソロだと宝箱が出る事もある」
三橋師範はホッとした。北海道まで来て中ボスを倒したのに、変なドロップ品だと残念すぎる。ちなみに、変なドロップ品が何か聞いてみると、巨人用の斧だったり、巨人用の装飾品だったりするという。
中ボスの話を聞くと五日前に羊蹄ダンジョンの十層にある中ボス部屋で、巨人カークスが復活したという。冒険者ギルドとしては、すぐにでも退治したかった。だが、倒そうという冒険者は現れなかったようだ。
三橋師範は冒険者ギルドにある資料を読み、試験官の説明を聞いてから羊蹄ダンジョンへ向かった。ダンジョンハウスで着替えて外に出ると、試験官の瀬戸が変な顔をする。
「その手に着けているグローブは変わっていますね」
試験官という強い立場にいる瀬戸だったが、三橋師範には丁寧な言葉を使う。三橋師範の持つ風格に飲まれているらしい。
「これは魔導武器だ」
「えっ、パンチ用の魔導武器という意味ですか?」
「そうだ」
瀬戸はどうやって使うのだろうと首を傾げた。魔物は殴ったくらいでは死なないという常識が頭にあるのだ。
瀬戸が戸惑っているのを無視し、三橋師範はダンジョンに入った。羊蹄ダンジョンの一層は荒野が広がっており、目に入るのは乾いて硬く固まった地面と枯れた雑草だった。
この一層で最初に遭遇したのは、体長二メートルほどもある大サソリだ。三橋師範はマジックポーチⅦから衝撃扇を取り出し、ブルースコーピオンに向かってゆっくりと歩き始める。五メートルほどの距離まで近付いた三橋師範が、衝撃扇を真上から振り下ろす動作を引き金に五重起動の『ブレード』を発動し、形成されたD粒子の刃でブルースコーピオンの頭を真っ二つにした。
ブルースコーピオンが消えたのを確かめた瀬戸は、さすがB級の昇級試験を受けるだけの事がある、という感じで頷いた。
「それは金属製の扇子ですか。珍しいものを武器にしているんですね」
瀬戸は今の攻撃を衝撃扇の機能を使った攻撃だと勘違いしたらしい。その後、何匹かのブルースコーピオンやメガアントと遭遇したが、三橋師範が一撃で仕留めたので瀬戸が魔法を使う暇はなかった。
そして、二層に下りて山岳地帯を進み始めた二人は、ハイゴブリンの群れと遭遇した。八匹のハイゴブリンが三橋師範たちに襲い掛かる。
「私も手伝います」
瀬戸が申し出た。ハイゴブリンの数が多いと判断したのだろう。
「いや、試験官は休んでいてくれ」
三橋師範は衝撃扇を仕舞うと前に出た。戦鎚を持って襲い掛かるハイゴブリンの攻撃をギリギリで躱すと、龍撃ガントレットに魔力を流し込みながらハイゴブリンの顔に叩き込んだ。
その衝撃でハイゴブリンの顔がボコッと陥没し、弾き飛ばされて地面を転がると消えた。それを見た瀬戸が目を丸くする。
次々にハイゴブリンが三橋師範を攻撃したが、全く同じように反撃され顔を陥没して地面を転がり消えた。
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