第20章 邪神の影響編

第866話 邪卒王戦の報告

 俺たちが邪卒王を倒した後、配下の邪卒が生き残っていないか、インドネシアの軍と冒険者によって徹底的に調査が行われた。一方、俺たちはインドネシア政府から大いに感謝されて歓待を受けた。


 そして、邪卒王にトドメを刺した俺は、インドネシアで『勇者』と呼ばれそうになった。だが、『勇者』の称号だけは全力で拒否する。何かあった時に何もしなければ、勇者なのにと言われそうだったからだ。


 日本に帰ってゆっくり休養しているとアメリカのステイシーと冒険者ギルドの慈光寺理事長が屋敷を訪ねてきた。たぶん邪卒王との戦いについて聞きたいのだろうと見当を付け、応接室に案内する。


「トシゾウ、コーヒーを頼む」

 俺は執事シャドウパペットにコーヒーを頼んだ。ソファーに座ると用件を尋ねた。

「邪卒王との戦いで、グリム殿は未知の魔法を使って火山から邪卒王を追い出し、最後には邪卒王を仕留めたそうね」


 俺は頷いた。

「ええ、そうですよ」

「その魔法について、詳しい報告がありませんでした。どうしてなの?」

 俺は静かに笑う。

「それが賢者の秘匿魔法だからです」

 俺の返事を聞いたステイシーが残念そうな顔になる。


「という事は、公開しないという事なの?」

「その通りです」

「分かったわ。秘匿魔法については諦めましょう。ただ邪卒王については質問に答えて欲しいの。いいかしら?」


「いいですよ。何が聞きたいんです?」

「邪卒王を秘匿魔法以外で、倒せると思う?」

 俺は邪卒王がベヒモスと比べて弱かったというのを思い出した。

「倒せると思いますよ。但し、邪卒王は邪卒のバリアの他に<邪神の加護>も持っているようでした」


 それを聞いたステイシーが難しい顔になった。

「よほど強力な魔法でないと倒せないという事ね」

 俺は頷いた。

「賢者の皆さんは、もう『魔法構造化理論』を使えるはずです」

「そうね。これまでより強力な魔法が創れるようになるでしょう。でも、『魔法構造化理論』だけではダメなのは分かっています。どういう風に強力にするかというアイデアが必要になる」


「それは賢者一人ひとりが考える事です」

 俺は少し突き放すように言った。

「……その通りだわ。優秀だからと言って一人の人間に全てを任せれば、独裁者に育てるか、殺してしまうわ」


 殺すというのは過労死の事だろう。実際に権力志向の強い者なら独裁者になりそうだし、責任感の強い者は過労死してしまいそうだ。


 ステイシーは報告書を読んで疑問に思った点を質問してきた。ステイシーのこういうところは責任感が強いのだと思う。過労死するタイプだ。


 慈光寺理事長は一生懸命メモを取っている。たぶん纏めて報告書にするつもりなのだろう。この二人は真面目なところが似ている。


「ところで、アメリカ軍が管理しているギャラルホルンに、何か変化がありましたか?」

 ステイシーの顔が曇る。

「ギャラルホルンの傷が、一センチほど大きくなったわ。そうなった時期は邪卒王が火山に入った頃だそうよ」


 あの邪卒王を倒すのが遅れたら、ヤバイ事になっていたかもしれない。そして、邪神が別の邪卒王を生み出す可能性は十分にあると思っているので、新たな邪卒王が現れたら素早く倒す必要があるだろう。


 今から考えると、邪卒王は王と呼ばれるほどの強さを持つ邪卒ではなかった。実際は邪神側の発電所みたいなものなのかもしれない。だからと言って、邪卒王の危険度を過小評価できるものではなかった。それどころか邪神の復活を推進する存在だと考えれば、危険度は最上級になる。


「少し気になる事があるのだが」

 慈光寺理事長が言った。

「何でしょう?」

「邪卒王は、なぜタンボラ山を選んだのだろう?」


「タンボラ山は過去に大噴火を起こした事があります。マグマ溜まりに邪卒王が欲しかった熱エネルギーが溜まっていたのだと思います」


 ステイシーは聞きたい情報を手に入れたので満足そうな顔でアメリカに帰った。慈光寺理事長は東京に戻り、俺から聞いた話を邪卒王戦の補足資料として纏め、世界各国の冒険者ギルド本部に送ったらしい。


 邪卒王が倒された事で邪卒の騒ぎが収まったかというと、そうでもない。世界各地から邪卒が現れたという報告があった。ただ『ホーリーメタル』を利用して製作した魔導武器を使って魔装魔法使いが倒したというケースが多くなったようだ。


 そして、黒武者やダークウルフと戦った魔装魔法使いは、武術や格闘技などの技量や高速戦闘の技術が重要だと感じた。その事により、魔装魔法使いが道場などに通い始めたそうだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その日、三橋師範は飛行機で札幌まで飛んで、空港からバスで札幌にある葉神流戦闘術の道場へ向かった。その道場の主は、三橋師範が若い頃に一緒の空手道場で稽古した後輩だった。名前を篠田しのだ一樹かずきという。


 三橋師範が古びた道場に入ると、篠田が道場の真ん中で座禅を組み瞑想をしていた。

「篠田、鍵も掛けずに無用心だぞ」

 目を閉じていた篠田が、目を開けて立ち上がって三橋師範に顔を向ける。

「……三橋先輩、この道場には盗まれるようなものはありませんよ」


 一昔前の三橋の道場を見ているようだった。グリムと会うまではボロボロの道場だったが、生活魔法を覚えた三橋師範が冒険者として稼げるようになると、道場も建て直して立派なものになっている。但し、弟子の数はそれほど多くはない。


「先輩、羊蹄山に用があるので、我が家に泊まらせてくれという話でしたが、こんなボロ屋でいいんですか?」


 母屋は道場に隣接して建てられており、道場と同様ボロ屋だった。

「構わんよ。一日か二日泊まるだけだ。それに数年前までは儂の家も同じようなものだった」

「それなら、何日でも泊まってください。しかし、何の御用で札幌に?」


「冒険者ギルドの昇級試験だ。羊蹄ダンジョンの十層で中ボス巨人カークスを倒す」

「まさか、昇級試験というのはB級なんですか?」

 篠田は副業として冒険者をしているので、羊蹄ダンジョンの事も少し知っていた。

「知っているのか。もしかして、冒険者なのか?」

「ええ、道場だけでは生活できないので冒険者になりました」


 三橋師範は溜息を漏らした。まるで昔の自分を見ているような気持ちになったのだ。

「もしかして、魔装魔法使いか?」

「そうです。先輩もそうなんじゃありませんか?」

「儂は生活魔法使いだ。そうだ、生活魔法の才能は?」

「全くありません」

 グリムが自分にしてくれたように、篠田を生活魔法使いに育てようかと思ったが、最初の段階でつまずいた。


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