第865話 邪神八大王

 タンボラ山がよく見える場所に陣取った俺は、由香里に邪卒王の場所を確認してもらった。攻撃魔法使いでもある由香里は魔力感知に優れており、熱を負の魔力であるダークマナに変換している邪卒王の位置を特定する。そして、それを俺に伝えてくれた。


 俺は『クーリングボム』を発動し、邪卒王が居るらしい位置の少し下に照準を合わせる。照準を定めた瞬間に冷却弾を発射した。冷却弾は二キロほど飛んで亜空間に消えた。


 その後、亜空間を飛翔した冷却弾は邪卒王の真下にあるマグマの中で通常空間に戻り、<変換冷却>と<光盾>、<清神光>が付与されたD粒子を周囲に撒き散らした。その一部は邪卒王にも命中して少しだけダメージを与える。


 だが、そのD粒子の効果はこれからだった。周囲に飛び散ったD粒子は急速にマグマの熱を奪い魔儺に変換する。そのせいで冷却弾が弾着した場所の周囲十二メートルほどのマグマが熱を奪われ、マグマが冷えて溶岩石に変わる。


 邪卒王が慌ててマグマの下へと潜り込もうとした。俺は由香里から邪卒王の位置を教えてもらいながら、先手を打ってマグマ溜まりを塞ぐように冷却弾を撃ち込んでいく。


 <変換冷却>が付与されたD粒子は熱を吸収して魔儺を作り出すと周囲に魔儺を撒き散らした。破邪の力を持つ魔儺を嫌った邪卒王は、マグマ溜まりを上へと向かう。


「邪卒王が火口から外に出ようとしています」

 由香里が俺に伝える。周囲に配置された冒険者たちの中でも、攻撃魔法使いが邪卒王の動きを監視しており、仲間に伝えているはずだ。


 邪卒王が噴火している火口から這い出してきた。それを見た冒険者たちが『おおーっ!』と声を上げて戦闘態勢に入る。


 邪卒王の様子を見ると、かなり怒っているようだ。邪卒王が全身にダークマナを漲らせ、頭の上にこぶのようなものがせり出すと、その瘤に悪魔の顔が浮かび上がる。その悪魔の口から何かの命令が発せられた。


 すると、どこかに隠れていたらしい配下の邪卒たちが姿を現した。その数は八十匹ほどである。インドネシアの冒険者たちも数を減らしたようだ。


 邪卒王の配下たちと冒険者の戦いが始まった。アリサは『ホーリーファントム』を発動し、ホーリー幻影弾をダークウルフに向かって放っている。千佳は天照刀を手に持ち、黒武者と切り結び始めた。


 タイチとシュンは『ホーリーブロー』と『ホーリーキック』を使い、動きの遅いダークゴーレムと戦っていた。全員が必死で戦っている。


 俺は神剣ヴォルダリルを構え、火口から下りてくる邪卒王と対峙した。

『神剣ヴォルダリルの【神威飛翔刃】を使うのですか?』

「ああ、冥土ダンジョンの地獄谷でやったように、聖光のイメージで律した神威エナジーで神威飛翔刃を放つつもりだ」


『なるほど、地獄谷のアンデッドを一撃で全滅させた技なら、邪卒王にも有効でしょう』

 俺は冒険者たちの様子を確かめた。ここから放てば、邪卒たちと戦っている冒険者を巻き込むような事はない。


 神剣ヴォルダリルを上段に構え、その剣から放たれる神威エナジーを聖光のイメージで律しながら振り下ろす。聖光のように光を放つ神威エナジーが巨大な刃となって邪卒王に向かって飛翔する。


 素早い動きができない邪卒王は、神威飛翔刃を避ける事ができなかった。神威飛翔刃と邪卒王のバリアが接触し力比べとなる。一瞬だけ拮抗した力比べは、すぐに膨大な神威エナジーを含んでいる神威飛翔刃がバリアを斬り裂き、邪卒王を直接斬り付けた。


 邪卒王は<邪神の加護>と同じようなものを所有していたらしく神威飛翔刃の攻撃を拒絶しようとする。だが、圧倒的な力を持つ神威飛翔刃は、邪卒王を撥ね飛ばしてタンボラ山に叩き付けた。邪卒王が叩き付けられた山の斜面が陥没し、クレーターのような穴が生じる。


 その轟音は周囲に響き渡り、他の冒険者たちも注目した。戦っている最中なので危険な行為なのだが、注目したのは邪卒王の配下たちも同じだった。


 次の瞬間、配下の邪卒たちが邪卒王を守ろうと、邪卒王のところへ向かって走り出す。冒険者たちは追撃しようとしたが、俺が止めた。


 メティスに頼んで冒険者たちの頭の中に『追撃中止』のメッセージを送り込んでもらったのだ。広範囲に散らばる冒険者たちに伝達する方法がこれしかなかった。軍隊だったら通信兵を配置して無線機による通信という事もできたが、冒険者たちに無線機を使う習慣はない。


 配下の邪卒たちが邪卒王の周囲に集まった。俺はもう一度聖光のイメージで律した神威飛翔刃を撃ち放った。この神威飛翔刃は直接邪卒王には命中せず、近くの地面に着弾して周囲に聖光のように輝く神威エナジーを撒き散らす。


 その神威エナジーが配下の邪卒たちに襲い掛かり、圧倒的な力で押し潰し息の根を止めた。神威エナジーは邪卒王にも襲い掛かったのだが、邪卒王は耐えた。


 生き残った邪卒王に対し、冒険者たちの総攻撃が始まった。攻撃魔法の『ペネトレイトドゥーム』や『セイクレッドガン』が邪卒王に撃ち込まれると同時に、生活魔法の『ホーリークレセント』や『ホーリーファントム』が発動して攻撃する。


 モイラが開発した『ヒートレジストコート』は習得する時間がなかったので、接近戦が得意な千佳たちも邪卒王に接近する事はできない。


 その総攻撃も長くは続かなかった。アリサたちは不変ボトルから万能回復薬を飲んで魔力を回復していたが、他の冒険者たちは魔力切れになって後退した。


 結局、俺たちグリーンアカデミカのメンバーが前に出て邪卒王を仕留める事になった。邪卒王がまた配下を召喚しようと頭の上に瘤をせり上げる。


 それに気付いたアリサが『ホーリーファントム』を発動し、瘤に浮かび上がった悪魔の顔をホーリー幻影弾で撃ち抜いた。


「お見事、アリサ」

 天音が褒めた。その時、邪卒王が口から直径一メートルもありそうな火の玉を撃ち出した。ヒュルヒュルと飛んだ火の玉が天音たちの頭上に降ってきた。天音は『ホーリークレセント』を発動し、聖光分解エッジを火の玉に叩き付けた。


 上空で爆発が起きて盛大に火の粉が降り注ぎ、天音たちは『マナバリア』を発動していたので魔力バリアを展開して身を守った。


 それが気に食わなかった邪卒王は、次々に火の玉を撃ち出して攻撃してきた。すでに俺たちを狙い撃つなどという事は諦めたようで、火の玉を雨のように降り注ぐ。周囲は火の海となり、俺たちは『ブーメランウィング』と『フライトスーツ』で上空に逃げた。


『グリム先生、邪卒王から放たれる熱が弱くなっているようです』

「つまり邪卒王が弱っているという事か。よし、総攻撃だ」

 グリーンアカデミカのメンバーだけだったが、全員で総攻撃を始めた。破邪の力を秘めた魔法が邪卒王に降り注ぐ。その時には火の玉による攻撃は止まっていた。


 弱っている邪卒王にトドメを刺すために『神威迅禍』を発動し、圧縮貫通弾を撃ち出した。邪卒王の頭に命中した圧縮貫通弾は直径五メートルの球形空間を圧縮し、超高温となってプラズマ化したものを解放した。


 超高熱のプラズマが爆散して邪卒王の全身を焼いた。それが致命傷となって邪卒王の全身から黒い霧のようなものが噴き出し始めた。そして、その黒い霧の中に悪魔のような顔が現れ、俺たちに向かって何か言った。但し、それは俺たちが理解できる言語ではなかった。


 悪魔の顔も消え、黒い霧も見えなくなる。俺たちは火山から少し離れたところに着陸して集まった。

「あいつ、最後に何と言ったんだろう?」

 タイチが手を叩いた。

「きっとお決まりのセリフですよ」

 天音が首を傾げる。

「お決まりのセリフって?」


「俺様に勝ったからと言って、喜ぶのは早い。俺様は邪神八大王の中で最弱な邪卒王なのだ、とかいうやつです」


 俺はちょっと呆れた顔をする。

「よくそんな事を思い付けるな」

「でも、邪卒王という割に、あっさり死んだのも事実ですよ」


 そう言えば、巨獣より弱かった。本当に次々と邪卒王が現れたら、と思うと嫌な気分になる。だが、今回の邪卒王の騒ぎは邪卒王本体を倒しても終わりではなかった。



―――――――――――――――――

【あとがき】


 今回の投稿で『第19章 邪卒の脅威編』が終了となります。次章もよろしくお願いします。


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