第864話 バタリオンの遠征
解決していない問題は多かったが、俺たちはできる事から始める事にした。まずモイラの特性創りである。モイラは巻物から取り入れたD粒子二次変異の特性は数多く持っていたが、D粒子一次変異の特性は<発光>と<放熱>の二つしか持っていなかった。
モイラの身体が成長して苦痛に耐えられるまで待つように、俺が指示したせいでD粒子一次変異の特性は増えなかったのだ。モイラにとって、今回が初めての特性創りになる。
俺はこの日のためにオークションで落札した『痛覚低減の指輪』をモイラにプレゼントした。モイラは嬉しそうに指に嵌めたが、特性創りを一度経験すれば見るのも嫌になるだろう。
今回モイラが作るのは<冷却>の特性である。この特性は<冷却>を付与されたD粒子が周りの熱を奪い取り、そのまま上方に飛び散る事で相手を冷却する。飛び散ったD粒子は高熱だが、魔法が解除されると同時に上空で熱を発散するので生活魔法の使い手には影響ない。
俺の<冷却>に関する説明を聞いたモイラは、賢者システムを立ち上げて特性創りを開始した。初め驚いたような顔をしていたが、その可愛い顔が苦痛に歪む。こればかりはどうしようもない。そのまま数分が経過した後、やっとモイラの顔が元に戻る。
「苦しかっただろう。どうだ、完成したか?」
「はい、出来ました」
俺はモイラを褒めた。甘やかすのはダメだと分かっているが、これまで過酷な人生だったモイラには幸せになって欲しい。
後は邪卒王の高熱を防ぐ魔法を開発するだけだが、これはモイラとアリサに任せる事にした。俺は作業部屋へ行って邪卒王を火山から追い出す魔法の開発に集中した。
『マグマから熱を奪うのに、<冷却>の特性を使うつもりですか?』
メティスが尋ねた。
「そのつもりだけど」
『膨大な熱エネルギーを吸収するには、膨大なD粒子が必要になります。たぶん何十発も撃つ事になります』
「習得できる魔法レベルを下げ、皆に習得してもらう、という方法もあるけど」
『大勢で一斉に火山に向けて連射するのですね。それなら可能でしょう』
「いや、そんな人海戦術に頼るような方法は、開発者として邪道だと思う。他の方法を考えよう」
俺とメティスは冷却方法について考えた。
『考えたのですが、邪卒王と同じ事はできないでしょうか』
「つまり熱を魔力に変換するという事か?」
『そうです』
面白いと思ってメティスと一緒に検討してみた。
「新しい特性を創れば、できそうだけど……変換した魔力を邪卒王に奪われないだろうか?」
『そうですね。それには考えが及びませんでした』
「ん、待て。ただの魔力ではなく魔儺ならどうだろう」
俺とメティスは熱を破邪の力を持つ魔儺に変換するというアイデアを話し合った。結果、その案を採用して魔法を創る事にした。まずは特性創りである。俺は<変換冷却>の特性開発を始める。
時間がないので、すぐに賢者システムを立ち上げる。もちろん、俺の指には『痛覚低減の指輪』が嵌っている。三十分が経過して<変換冷却>の特性が完成した。
『大丈夫ですか?』
「うううっ、頭が痛い。一時間ほど寝る……」
気絶するように寝た俺は、きっちり一時間後にメティスに起こされた。完全に回復した訳ではないが、頭痛だけは治まっている。
マグマ溜まりは地下五キロから十キロの深度にある場合が多い。
『<跳空>の特性を使い、亜空間経由で地下に飛ばすとなると、十キロ、いえ十五キロは亜空間内を飛ばす必要があります』
そうなると、膨大なエネルギーが必要になるので、<励起魔力>を使う事にした。また賢者システムを立ち上げて<変換冷却>と<跳空>、<励起魔力>、<光盾>、<清神光>、<ベクトル加速>の特性を使った『クーリングボム』という魔法を開発した。
<光盾>と<清神光>を付けたのは、亜空間から出たところに邪卒王が存在した場合を考慮した。『クーリングボム』の開発が一段落した時、冒険者ギルドからバタリオンのA級、B級冒険者に指名依頼が届いた。
俺とアリサ、千佳、天音、由香里、タイチ、シュンに指名依頼が届き、まだB級の昇級試験を受けていない三橋師範と根津には届かなかったようだ。その七人に加えてバタリオン外から十二人の冒険者に指名依頼が出されたという。
指名依頼が出された十九人の中で、依頼に応じたのは十五人だった。依頼を断った四人は、それぞれ事情があったのだろう。おれたちは政府が用意した飛行機でインドネシアへ飛んだ。
「インドネシアは、どこの国に助けを求めたの?」
アリサの質問に慈光寺理事長から聞いた情報を話し始める。
「日本、中国、ベトナム、インド、オーストラリアだな。ただ中国はあまり積極的ではないようだ」
中国は『沈黙の大国』と呼ばれている。D粒子の雲が地球を包み込んだ時、世界は大混乱となった。そんな世界の中で中国も混乱し、何か大きな変革があったらしい。
だが、それがどんな変革か中国は隠した。そして、現在では『沈黙の大国』と呼ばれている。中国のような大国を運営するのは大変なんだろう。
飛行機がインドネシアの空港に着陸した。飛行機を降りた俺たちは、インドネシア軍の輸送艦でタンボラ山の近くまで行った。スンバワ島に上陸した俺たちは、激しく噴煙と溶岩を撒き散らすタンボラ山を見て顔を強張らせた。
その噴火の勢いが予想以上だったからだ。上に昇った噴煙は上空数十キロにも達したかもしれない。俺は世界が悪い方向へ向かっているのではないかと感じた。
「日本の戦力が一番多いみたいですね。こういう場合はグリム先生が指揮を執る事になるんじゃないですか」
千佳が言った。それを聞いた俺は頷く。
「他の国が、いい作戦を考えているのなら従うけど。そうじゃないのなら、日本で考えた作戦を実行する」
俺は各国の代表と話し合った。そして、作戦は俺に一任するという事になる。本来なら各国の冒険者を受け入れたインドネシア政府が指揮を執るべきなのだが、インドネシア政府自体がどうすれば良いのか分かっていなかった。
「私がタンボラ山を攻撃して、邪卒王を火山から追い出します。そこに総攻撃してください。ただ邪卒王の配下が、どこかに隠れているはずです。配下と遭遇したら、配下の駆逐を優先してください」
ベトナムのA級冒険者が頷いた。
「分かりました。ところで、本当に火山から邪卒王を追い出せるのですか?」
「ええ、特別な魔法を使います」
そう言った後、各国の冒険者たちの配置を話し合って決めた。詳しい作戦手順を説明し、各冒険者たちの役割を決めていく。
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