第863話 邪卒王の目的

 インドネシアの軍と冒険者が邪卒王と戦い敗退した。傷付いた冒険者と兵士は輸送艦へと送られて治療する事になる。但し、初級治癒魔法薬で回復したスカワティと冒険者ギルドの職員リアントは邪卒王を追跡した。


「なぜ私なんでしょう?」

 リアントが愚痴るように言う。

「他に居ないからだろう」

 動けるのがスカワティとリアントの二人しか居ないのだから、仕方ないとスカワティが言う。

「でも、私は一般人なんですよ」

「冒険者ギルドの人間だろ。文句を言わずに歩くんだ」


 邪卒王の歩みはゆっくりしているので追い掛けられるが、これがアーマーベアほどの速度だったら追い付けなかっただろう。邪卒王は相変わらず東に向かって進んでおり、スンバワ島最大の都市ビマへ向かっているのだろう、とスカワティは考えていた。


 ところがサーレ湾に沿って東に向かい、そのまま真っ直ぐ進むのだろうと思っていた邪卒王が、突然北西に向かって進み始めた。


「おかしい。なぜ北西に進路を変えた?」

 スカワティが疑問を口にした。それを聞いたリアントも首を傾げる。

「不思議です。こちらの方角にはタンボラ山しかありませんよ」


 二百年ほど前に大噴火を起こしたタンボラ山の周辺には、いくつかの農村がある。だが、その人口は少なく邪卒王の興味を惹くとは思えなかった。邪卒王はゆっくりとタンボラ山に近付き、その裾野まで辿り着くと穴を掘り始めた。


「あいつ、何をしているんだ?」

「穴を掘っています」

「そんな事は分かっている。私が知りたいのは、何のために穴を掘っているかだ?」

「……そこに山があるから」

 それを聞いたスカワティがリアントを睨んだ。


「冗談でも言わないと、不安でしょうがないんです」

 邪卒王は穴を掘り続け、その穴の中に姿を消した。ただ邪卒王はどこに居るのかはスカワティの魔力感知能力が教えてくれた。邪卒王は山の中心まで行って、今度は真下に掘り進み始めていた。


「タンボラ山は火山ですよ。熱くないんですかね?」

 あの火山の下にはマグマだまりがあり、かなりの高温のはずだとリアントは言う。邪卒王がマグマ溜まりに近付くにつれ、その巨体に漲る魔力が増え始めるのをスカワティは感じた。但し、その魔力は魔儺の正反対の『負の魔力』と呼ぶべきものだった。


 その時、地面が揺れた。

「地震か。まさか、邪卒王が起こしている?」

 リアントがまた顔を青くする。それからも邪卒王の監視を続けた二人が疲れた頃、スカワティとリアントの下に一個小隊ほどの兵士とC級冒険者チームが訪れた。


「監視を交代します。輸送艦に戻って休んでください」

「分かった」

 スカワティとリアントは軍用車で港まで戻り、輸送艦に乗り込んだ。輸送艦は野戦病院のような状況になっていた。邪卒王との戦いで負傷した者たちが治療を受けているのだ。


 スカワティが割り当てられた船室のベッドで横になって一時間ほど眠った時、凄まじい轟音が響き渡って飛び起きた。スカワティが急いで甲板に出ると、大勢の人がタンボラ山の方角を見ている。スカワティもそちらに目を向けると、タンボラ山が大噴火を起こしていた。


 二百年前に匹敵する噴火である。

「そんな……邪卒王の狙いはタンボラ山の噴火だったのか?」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 インドネシアに邪卒王が現れたという報せを聞いた俺は、冒険者ギルドへ行って詳しい情報を集めた。その結果、全長三十メートルほどのサンショウウオのような化け物で、全身から高熱を発するという事を知った。


 俺は屋敷に戻って対策を考え始めた。すると、アリサと千佳、タイチとシュン、それに根津が集まってきた。ちなみに、根津は名古屋から戻ると屋敷を出てマンションに引っ越している。


「あっ、ここに居たんだ」

 モイラまで合流する。モイラはアリサの隣に座った。

「グリム先生なら、邪卒王を倒せますか?」

 タイチが質問した。


「そうだな。真正面から戦ったら倒せると思う。だが、相手が火山の中に居るのが問題だ」

「噴火口から魔法を撃ち込んだら、邪卒王のところまで届かないでしょうか?」

 千佳がアイデアを出した。

「既存の魔法では無理だろう。それに今は噴火中だから、噴火口からは難しい」


「そうでした。グリム先生には、何か考えがあるんですか?」

「インドネシアからの情報で、一つ気になった事がある」

「気になった事?」

「ああ、A級のスカワティからの報告なんだが、邪卒王が火山の中に潜り込んだ後、魔力が増えたというんだ」


 アリサが顔色を変えた。

「まさか、マグマのエネルギーを取り込んだという事?」

「メティスの意見では、熱エネルギーを負の魔力に変換しているのではないか、と言うんだ」


「つまり邪卒王が、マグマ溜まりでパワーアップしている?」

 タイチの声には暗い響きがあった。

「それだけならいいんだが、その負の魔力、メティスが『ダークマナ』と名付けたものを、邪神に送っているのではないか、そう危惧している」


 

「だったら、火山から邪卒王を早く追い出さないと」

 モイラが慌てたように言う。それを聞いて俺は頷いた。

「そこでマグマを冷却する事を考えている。<冷却>の特性を使って、一時的にマグマを冷やすんだ」


「マグマが冷えて固まれば、邪卒王が火山から出てくる。そこを退治するのですね?」

 シュンが言った。

「そうだ」

「しかし、マグマ溜まりに居る邪卒王に、どうやって冷却攻撃を送り届けるのですか?」

「<跳空>の特性を使って、亜空間経由で冷却弾を飛ばそうと思う」


 モイラが羨ましそうな顔をする。

「グリム先生、私も特性を創りたいです」

 モイラもそろそろ特性を創る時の苦痛に耐えられるだろう。

「いいだろう。まずは<冷却>の特性を創って、邪卒王が発する高熱から身を守る魔法を創ってくれ」

「はい」

 仕事を任されたモイラが嬉しそうに返事をした。


 アリサが鋭い視線を俺に向ける。

「先ほどの冷却弾に話を戻すけど、見えない邪卒王に命中させられるの?」

 それも問題点の一つだった。だが、邪卒王と火山噴火には他にも問題点があった。


―――――――――――――――――

【あとがき】


 2023年6月2日から、コミックウォーカーで『生活魔法使いの下剋上』の漫画連載が始まりました。こちらもよろしくお願いします。

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