第862話 邪卒王との戦い

 インドネシア軍の輸送艦に乗り込んだスカワティは、スンバワ島から逃げてきた島民の証言が書かれた資料を読んでいた。その資料によると邪卒王は巨大なサンショウウオのような化け物だったらしい。しかも真っ赤な体表から高熱を発していたという。


「何を読んでいるんだ?」

 ラフマットが尋ねた。

「邪卒王についての証言だ。邪卒王は全長三十メートルほどの化け物だそうだ。それに全身から高熱を発していて近付けないと書かれている」


「そうすると、魔装魔法使いの私は戦力にならないな」

「斬撃を飛ばすとか、魔力の刃を伸ばして斬るとかできる魔導武器を、持っていないのか?」

「残念ながら、私が持っている魔導武器は、実際に斬らないと効果を発揮しないんだ」


 輸送艦がスンバワ島に到着し、スカワティたち冒険者と兵士が上陸した。上陸した兵士たちは自走砲や戦車を陸揚げする作業を始める。


 スカワティたちは冒険者だけで集合し、邪卒王の偵察に向かった。軍から借りた大型輸送車両の荷台に乗って邪卒王が移動した痕跡を辿って追跡する。


 邪卒王が通った後は何もかもが焼けていた。

「どこに向かっているんだろう?」

「取り敢えず、東に向かっているようだ。東に何があるんだ?」

 ラフマットが首を傾げた。


「確か島一番の大きな町ビマがあったはずだ」

 スカワティの返事を聞いたラフマットが唇を噛み締める。

「まずいな。その町で暴れられたら、大勢の犠牲者が出る」

「政府も馬鹿じゃない。町の住民は避難させるだろう」

「でも、町の全員を避難させるなんてできるのか?」


 ラフマットの疑問を聞き、スカワティの顔が曇る。その時、邪卒王が見えたという声が聞こえた。スカワティたちは荷台に立ち上がって前方を見た。炎の中に真っ赤な化け物が居た。


「……あんな化け物を倒せるのか。邪卒だからバリアみたいなものもあるんだろ」

 ラフマットの言葉を聞きながらスカワティの顔が厳しいものになる。荷台で邪卒王を見ている全員が青い顔をしていた。邪卒王の全身から放たれる高熱で周囲の可燃物が燃え上がり、その周囲には炎が渦巻いていた。


 荷台に乗っている者たちの中に、冒険者ギルドの職員を見付けたスカワティは話し掛けた。

「最初に軍が攻撃すると聞いたが、いつ攻撃が始まる?」

「自走砲や戦車の移動は、時間が掛かります。なので、もう少し待って頂く事になると思います」


「軍の戦力は陸上兵器だけじゃないんだろう?」

 ラフマットが尋ねた。

「はい、巡洋艦からの砲撃と爆撃機が空爆する事になっています」

 それを聞いてもスカワティは安心できないという顔をする。以前、タイにヴァースキ竜王が現れた時に軍が攻撃したが、ほとんどダメージを与えられなかったからだ。


 スカワティたちは軍の準備が終わるまで、慎重に邪卒王の後を追跡した。そして、五十キロほど進んだところで軍の準備が終わり、攻撃が始まるというので少し邪卒王から離れる。


 軍の攻撃が始まり、最初にインドネシアの爆撃機が邪卒王の上に爆弾を落とした。小さなビルなら粉々に吹き飛ぶほどの爆弾だ。黒い爆弾が邪卒王に近付く、命中する直前に爆弾が爆発。その爆炎が邪卒王を包み込んだ。


 爆炎が消えた時、無傷の邪卒王が姿を現してバリアらしきものを所有している事が証明された。次に自走砲と戦車が砲撃を開始する。しかし、その攻撃もバリアに遮られてダメージを与える事はできない。


 攻撃を受けた邪卒王は、苛立たし気に首を振る。そして、戦車に向かって口から直径一メートルもありそうな火の玉を撃ち出した。ヒュルヒュルと飛んだ火の玉が戦車の上に落下して爆発し、炎が戦車を包み込む。戦車兵が戦車から逃げ出そうとするが、炎に焼かれて死んだ。


 邪卒王は自走砲にも火の玉を撃ち込んで燃え上がらせる。その後、戦車や自走砲の砲弾が爆発して兵士たちが犠牲になった。


「クソッ、あのバリアは通常の攻撃では、破壊できないようだ」

 スカワティが残念そうに言う。その後、軍艦からの砲撃もあったが、邪卒王にダメージを与える事はできなかった。


 冒険者ギルドの職員が涙目になっている。

「皆さん、お願いします」

 職員の声で冒険者たちが動き出す。高熱を発する邪卒王には近付けなかった。ラフマットが不満そうな顔で邪卒王を睨む。スカワティは輸送車から降りると、邪卒王を狙える場所に移動した。少し小高い地形になっている地点で邪卒王に狙いを付けて『セイクレッドガン』を発動する。


 大量の魔力を加工した魔儺が砲弾を形成し、邪卒王に向かって撃ち出された。音速の十倍の速さで飛翔した砲弾が邪卒王のバリアに当たりせめぎ合う。そして、バリアをなんとか貫通した砲弾が邪卒王の高熱に反応して爆発した。


 その爆発で痛みを感じた邪卒王が、全身に何かの力を漲らせた。すると、巨大な頭の上にこぶのようなものがせり出し、その瘤に悪魔のような顔が浮かび上がる。その悪魔の口から金属と金属を擦り合わせたような不快な音が発せられた。


 スカワティたちは両手で耳を塞いだ。その間にも不快な音が高まり、邪卒王の周囲の空間が歪む。その歪んだ空間から黒武者、ダークウルフなどが現れた。そればかりではない。黒い金属で作られたゴーレムも姿を現したのだ。


「ま、まずい。邪卒王が配下を召喚した」

 召喚された配下は百匹ほどで、その配下が冒険者たちに襲い掛かった。その後は大混乱である。黒武者とダークウルフは事前に情報があったので、まだ良かった。だが、黒いゴーレムは未知の邪卒である。


 動きは遅いけれども防御力が尋常ではないタイプだった。その黒いゴーレムは『ダークゴーレム』と名付けられる。スカワティもダークゴーレムと戦った。倒すのに『セイクレッドガン』が二発、『ペネトレイトドゥーム』一発が必要だと分かる。


 冒険者たちの中には生活魔法使いも居た。二匹の邪卒を倒して活躍したが、大勢の邪卒には敵わず怪我をして後ろに下がった。戦いは激しさを増して冒険者の半分が死んだ。そして、スカワティが撤退の決断を下した。


 不思議な事に邪卒たちは追撃して来なかった。邪卒王の傍から離れなかったのである。

「はあはあ……畜生、あいつら王の護衛なのか」

 離れていく邪卒王と配下の集団を見詰めながらスカワティが呟く。その傍にはダークゴーレムのパンチを受けて肩の骨を砕かれたラフマットが地面に座って苦痛の呻きを発していた。


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