第861話 邪卒王降臨

 ダンジョン通信網の監視をしていたシュライバーは、最近邪神がダンジョン通信網を乗っ取ろうとしているのではないかと考えているそうだ。


 ダンジョン神が構築したダンジョン通信網は、情報通信経路であると同時にエネルギー伝達網でもあった。邪神はエネルギー伝達網を利用して邪神自身のエネルギーを送り込み、邪卒を生み出しているらしい。


「ダンジョン通信網を封鎖する事は出来ないのですか?」

 俺はシュライバーに尋ねた。

「できない。ダンジョン通信網を止めれば、ダンジョンが混乱する。もしかすると、中の魔物が地上に逃げ出すような事が起きるかもしれない」


「しかし、邪神によるダンジョン通信網への干渉は、止めなければならない。そうしないと、邪神は邪卒や邪神眷属を生み続けてしまう」


 シュライバーが難しい顔になった。

「可能性があるとすれば、邪神がダンジョン通信網へ干渉するための中継基地としているダンジョンを、探し出して潰すしかないと思う」


 俺はシュライバーに鋭い視線を向ける。

「それで中継基地となるダンジョンは、探し出せるのですか?」

「努力してみるが、難しいだろう」


 俺はそうだろうなと頷いた。人類にとって未知の領域を調査しているのだ。その苦労は大変なものなのだろう。


「まずは邪卒王を撃退しなければならない。十分に準備するように日本政府に働き掛けて欲しい」

「了解した。できる限りの事はしよう」

 シュライバーは、これからオーストラリアへ行くと言って冒険者ギルドを出て行った。


「大変な事になったな。魔王でも厄介だというのに」

 支部長が暗い顔で言う。

「ええ、しかし、邪卒王は倒さなければなりません」

「倒せるだろうか?」

 支部長が不安そうな顔をする。

「分かりません。相手の事がほとんど分からないのですから」


 シュライバーとの話を終えた俺は、冒険者ギルドを出て屋敷に戻る。そして、魔法庁の松本長官や冒険者ギルドの慈光寺理事長と会って話し合う約束を取り付けた。日本政府の対応を聞いておこうと思ったのだ。


 翌日、東京へ行った俺は冒険者ギルド本部の理事長室で、松本長官と慈光寺理事長の二人と話し始めた。

「グリム殿からの緊急の呼び出しとなると、勇者の警告の事ですか?」

 松本長官が確認したので、俺は頷く。

「そうです。邪卒王が日本、いやアジアに現れたらどうするか、聞きたかったのです」


「それに付きましては、まだ決定している事はないのです」

「どうしてです。少なくとも戦力を確保する必要があります」

「しかし、邪卒王が現れるのが、いつか分からないのですよ」

「ミスター・シュライバーは、以前にも警告を出した事があります。その時は一ヶ月と経過しないうちに、警告したヴァースキ竜王が現れました」


 慈光寺理事長が俺に視線を向けた。

「そうすると、今回も一ヶ月以内に邪卒王が現れると言うのかね?」

「可能性の問題です。戦力になるA級とB級の冒険者には、一ヶ月間待機するように依頼を出すべきです」


 慈光寺理事長が頷いた。

「だが、冒険者ギルドも強制はできない。何人かはダンジョンに潜る者も居るはずだ」

「それは仕方ないでしょう。それに戦力を素早く集め、運ぶ用意が必要です」


 松本長官が難しい顔になる。

「それは専用機を用意しろ、と言っているのですか?」

「魔法庁なら、それくらいの資金があるのでは?」

 俺が賢者になってから、数多くの魔法や魔導技術を登録した。それを全世界に販売しているのが日本の魔法庁なのだ。かなりの金額が手数料として魔法庁の収入となっているはず。


 松本長官が溜息を吐いた。

「邪神眷属討伐チームの輸送機も政府に申請しているのだが、未だに予算が下りない」


 警察官を中心とした邪神眷属討伐チームが結成され、日本各地で活動している。移動は列車がメインで、緊急時だけ飛行機の使用を許されているという。


「人命に関わる事なので、日本政府にケチるなと言ってください」

「分かった。グリム殿の言葉をそのまま伝えよう」

 俺の言葉をそのままとは、どういう意味だろう。ちょっと疑問に思い、それが顔に出た。


「役人は権威に弱いのだよ。日本に唯一人の賢者が言っていたと聞けば、本気になるだろう」

 そう松本長官が教えてくれた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 日本だけでなく世界各地で邪卒王への対策が進められた。但し、全ての国家が積極的に対策が進めた訳ではない。アメリカとドイツが一番積極的で、日本も遅れているが対策が進み始めた。


 だが、全く対策を取らなかった国も多数あった。その中の一つがインドネシアである。この国のA級攻撃魔法使いであるスカワティは、首都の冒険者ギルドで友人の魔装魔法使いラフマットと話をしていた。


「勇者が警告している巨大な邪卒について、どう思う?」

 ラフマットがスカワティに尋ねた。

「あれは単なる邪卒じゃなく、魔王のような存在らしい」

「マジか。そんなものが現れたら大変じゃないか」


 ドイツ政府はパニックを恐れて公表しなかったが、邪卒王の事は各国の冒険者の間に広まっていた。ちなみに、勇者シュライバーは信用できる人物だけに詳細を説明したので、勇者経由で広まった訳ではない。どうも政治家が漏らしたという事だ。


 スカワティが肩を竦めた。

「そうだけど、国は何の対策も打っていないようだ。我が国に現れるとは思っていないのだろう」

 その言葉がフラグとなったのか、しばらくしてインドネシアのスンバワ島に邪卒王が現れたという報せが届いた。スンバワ島はジャワ島の東にある島で五十万人ほどの人々が住んでいる。


 それほど有名な島ではないが、人類史上最大の噴火を起こしたタンボラ火山がある島だった。邪卒王が現れたのは、スンバワ島の西の端にある上級ダンジョンの近くである。


 その報せを受けたインドネシア政府は、A級とB級の冒険者を集めて討伐チームを結成するとスンバワ島に軍隊と一緒に送り込んだ。


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