第860話 勇者の新たな警告
『ホーリーメタル』の魔法は最速で世界中に広まった。魔法レベルが『10』以上である生活魔法使いは、冒険者ギルドからの指名依頼で『ホーリーメタル』を習得して魔導武器製作の手伝いをする事になった。
そうして作られた<清神光>を付与された魔導武器は、各国の冒険者ギルドに保管されて邪卒や邪神眷属が現れた時に使われ始める。そして、これらの魔導武器は『ホーリーアームズ』と呼ばれているそうだ。
もちろん、この魔導武器だけで倒せる邪卒や邪神眷属だけではない。邪神眷属の中にはアーマーベアのように防御力が高い魔物も居るので、各国の魔法庁は強力な破邪の力がある魔法を習得した冒険者の育成にも力を入れている。
各国に多数のホーリーアームズが備えられるようになった御蔭で、邪卒に対応できるようになった。ホーリーアームズと魔装魔法使いの組み合わせが上手くいったのである。
世界各地に出現した邪卒が次々に倒されたという報告が発表され、もう大丈夫だと一般の人々が思い出した頃。ドイツの勇者ギルベルト・シュライバーがダンジョン通信網へアクセスできるという能力を使い、巨大な魔物が地上に向かっているという情報を手に入れた。
勇者シュライバーはすぐに世界に警告した。俺はフランスのエミリアンを経由して知った。
「メティス、巨大な魔物というのは何だと思う?」
『巨大と聞くと、巨獣を連想するのですが、巨獣はすでに倒されています』
「巨獣が復活するという事は、あるのだろうか?」
『絶対にないとは言い切れません。但し、復活したベヒモスを倒したとしても、『天意の宝珠』はドロップしないと思います』
躬業は神の力や権能の一部を取り出したものなので、同じものは二つとない。
「そうか、巨獣が復活する可能性があるのか」
『しかし、あれほどの魔物が、そんな短期間に復活するとは思えません。なので、巨獣とは別の巨大な魔物でしょう』
俺が勇者からの情報を入手してから数日後に、勇者の警告が世界中に公表された。それを聞いた者の中には、警告だけじゃなく勇者なんだから倒してくれよ、という者も居た。だが、勇者シュライバーは攻撃魔法使いだが、大物狩りが得意という訳ではなかった。
魔王バロールを倒して勇者という称号を手に入れたが、そのバロールも身長四メートルほどの巨人である。全長数十メートルの巨大な魔物に比べれば普通の部類になる。
久しぶりに冒険者ギルドへ行くと、巨大な魔物が話題になって盛り上がっていた。
「グリム先生、巨大な魔物とは何だと思いますか?」
俺を見付けたタイチが質問してきた。
「巨大な魔物というだけじゃ分からないな。タイチは何だと思う?」
「僕はベヒモスじゃないかと思うんです」
ベヒモスを倒した事は秘密にしているので、タイチも知らない。
「俺は巨獣じゃないと思っている。勇者シュライバーも巨獣は知っているはずだから、巨獣だったら巨大な魔物なんて不確かな事は言わずに、巨獣だと言うと思うんだ」
「なるほど、あまり知られていない巨大な魔物という事ですか。そうなると何でしょう?」
「さっきも言ったように分からない」
「そうでした。ところでシャドウクレイ百五十キロを使って、戦闘用シャドウパペットを作りたいんですが」
D粒子を練り込んだシャドウクレイを提供して欲しいという事だろう。そろそろバタリオンの主要メンバーには『クレイニード』を解禁しても良いかもしれない。俺はタイチと相談して『クレイニード』の魔法陣を渡す事を約束した。
「何か理由があって教えなかったのに、いいんですか?」
「シャドウパペットが犯罪や軍事的に利用されるのを、危惧しただけだ。だから、全面的な公開はしない。バタリオン内だけ解禁する事にする」
「ありがとうございます。シュンも喜ぶと思います」
「しかし、ソーサリーアイを用意できたのか?」
「はい、ようやく二セット手に入れました」
二セットというのは、タイチとシュンの分なのだろう。
「そうすると、後はどんなシャドウパペットにするかだけか。もう決めたのか?」
「エルモアのような万能タイプにしようと思っています」
万能タイプは教育と用意する武器によって強さが変わる。タイチはどんな武器を用意する気なのだろう?
俺とタイチがシャドウパペットの話をしていると、受付のマリアが来て支部長が呼んでいると伝えた。俺は何だろうと考えながら支部長室へ行く。
支部長室に入ると、意外な人物がソファーに座っていた。初め顔に見覚えがあると思ったのだが、ちょっと考えてから思い出した。
「勇者シュライバー……」
そこに勇者が居た。数年前に会った時は、精悍な顔付きの男だと思った。だが、今は疲れたような顔をしている。
「勇者と呼ぶのは、勘弁してくれ」
シュライバーは勇者と呼ばれたくないようだ。
「何かあったのですか?」
「私の警告を聞いているか?」
「ええ、巨大な魔物が地上に出てくるかもしれないというものですよね」
シュライバーが頷いた。
「そう発表したが、最近になって正確ではなかった事が判明した」
「何が正確ではなかったのです?」
「ただの魔物ではなく、邪卒だという事が分かったのだ」
巨大な邪卒か。邪卒なのだから、魔法や物理攻撃を防ぐバリアのようなものも備えているだろう。だけど、『神威迅禍』や『神斬翔』ならバリアを突き破って倒せるはずだ。
シュライバーが深刻な顔をしている。他に何かあるのだろうか?
「他にも何かあるんですか?」
「その邪卒は魔王でもあるらしい」
それを聞いた支部長が顔を青褪めさせた。
「そんな、魔王軍団を召喚できるのか?」
特定の魔物が魔王と呼ばれるのは魔物自体が強いという事もあるが、配下の部隊を召喚できるという能力を持つからである。但し、召喚能力を持つ魔物が全て魔王と呼ばれる訳ではない。
召喚できる配下の部隊、魔王の場合は魔王部隊と呼ばれる。その部隊が五十匹以上なら、魔王と認定されるようだ。ただ今回の場合は魔王ではなく邪卒王と呼ぶべきだろう。
「私はこの事を発表するべきだと思ったのだが、政府から止められた。国民がパニックを起こすかもしれないと政府は判断したようだ」
邪卒王の事は、各国政府に伝えられたようだ。そして、シュライバーは個人的にフランスのエミリアンとアメリカのステイシーにも詳しい情報を伝えたという。ヨーロッパとアメリカで邪卒対策に積極的に動いているのが、この二人だからだ。
最後にアジアの代表として俺に伝えようと考え、ここに来たようだ。エミリアンとステイシーは、『ホーリーメタル』について詳しい情報が聞きたいと言っていたが、途中から連絡が来なくなった。邪卒王の情報を知ったからだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます