第823話 『サザンクロス』と紫音

 三橋師範は夜行列車に乗って広島に向かった。広島に到着した師範は、ゴブリンエンペラーが居る猿猴えんこうダンジョンの近くにある冒険者ギルドへ行った。


 ギルドの建物に入ると、待合室に居る冒険者たちの様子がおかしいのに気付いた。三橋師範はカウンターに行って女性職員に何かあったのか尋ねた。


「ベテランの冒険者が魔物に殺されたのです」

「もしかして、ゴブリンエンペラーに殺されたのかな?」

「そうなんです。もしかして、ゴブリンエンペラー狩りに来られたんですか?」

「そうだ。どれほどの冒険者が殺されたのか教えて欲しい」


 その女性職員は一瞬言うのをためらったが、結局教えてくれた。B級の魔装魔法使いと攻撃魔法使いの二人組がゴブリンエンペラー狩りに行って返り討ちにあったのだという。


「二人は猿猴ダンジョンの二十層まで行って、中ボスのゴブリンエンペラーに戦いを挑んだのです。その時、二人の弟子も同行していて、その弟子だけは中ボス部屋の前で待機していたそうです」


 二人の冒険者が中ボス部屋に入って二十分ほどで、閉まっていた中ボス部屋へ入る扉が開いたという。その弟子が中を覗くと、倒れている二人の冒険者と立って笑っているゴブリンエンペラーが見えたらしい。


「B級の冒険者と言ったが、B級になったばかりだったのかな?」

「いえ、B級になって八年ほどのベテランです」

 どういう戦いが行われたのか分からないが、二人はエスケープボールは使わなかったようだ。使えば助かったかもしれないが、ゴブリンエンペラーも中ボス部屋の外に出て弟子の命が危なかったかもしれない。


「ゴブリンエンペラー狩りに行かれるのなら、冒険者カードの提示をお願いします」

 三橋師範は冒険者カードを女性職員に見せた。

「D級の三橋様ですね」

 女性職員はカードを返すと厳しい顔を三橋師範に向けた。


「先ほどお話したように、B級二人がゴブリンエンペラーに返り討ちに遭っています。ソロならA級以上でないと無謀ですよ」


 グリムたちがゴブリンエンペラーと戦ったのは、上級のヴェルサイユダンジョンだった。その話を聞いている三橋師範は、ゴブリンエンペラーが厄介な魔物だというのを知っていた。


 一番厄介なのはゴブリンエンペラーが召喚術を使うという事だ。ゴブリンジェネラル二匹を召喚できるのである。しかもゴブリンエンペラー自体の戦闘力も高かった。身長は二メートルほどで神話級に匹敵するロングソードを装備し、レッドオーガより素早い上に魔力障壁も持っていると聞いている。


 猿猴ダンジョンは中級なので、上級のヴェルサイユダンジョンで出現したゴブリンエンペラーほど手強くないかもしれないが、ソロで戦うならA級でないと勝てないと主張する女性職員は正しいのだろう。


 ただグリムの武術の師であり、グリムから直接生活魔法を学んでいる三橋師範は、A級並みの実力を持っていた。たぶんゴブリンエンペラーを倒せば、C級の昇級試験を受ける資格を手に入れられるはずだ。


「おじさん、命は大事にしようよ。D級なのに一人でゴブリンエンペラーと戦うなんて無謀だよ」

 三橋師範が振り向くと、まだ十代後半の若い女性の冒険者が立っていた。

「これでも強いつもりなのだが」

「でも、D級なんでしょ?」


 三橋師範は渋々頷いた。

「こんな事なら、真面目に昇級試験を受けるように活動すれば良かった」

「真面目に昇級試験を受ければ、すぐにA級になれそうな言い方だけど、世の中そんなに甘くはないよ」


 叱られた三橋師範は苦笑いした。

「しかし、冒険者ギルドとしてもゴブリンエンペラーを放置する事は、できないのではないか?」

 女性職員が頷いた。

「B級のチーム『サザンクロス』が、ゴブリンエンペラー狩りをすると名乗り出ております」


 その時、冒険者ギルドの入り口から三人の男たちが入ってきた。

「あの三人が『サザンクロス』です」

鈴本すずもとさん、ゴブリンエンペラー狩りに行く時、同行させてもらえないかな」


 若い冒険者が鈴本という女性職員に頼んだ。

「ダメよ。あなたはまだE級でしょ。足手纏あしでまといになる」

 その若い冒険者は中井なかい紫音しおんという魔法学院を卒業したばかりの生活魔法使いらしい。


「ほう。生活魔法使いなのか、珍しい」

 紫音が鋭い視線で三橋師範を睨む。

「馬鹿にしているの?」

「そうじゃない。私も生活魔法を使うのだ」


「へえー、おじさんの世代で生活魔法を使うのは、珍しいですね」

 三橋師範が苦笑いして肩を竦める。話を聞いてみると、紫音はジービック魔法学院で生活魔法を学んだ卒業生に教えを受けたようだ。


「『サザンクロス』はいつ出発するのですか?」

 紫音が鈴本に尋ねた。

「明日、出発します。言っておきますが、勝手に付いて行ったらダメですよ。E級冒険者では、二十層に行くまでが危険です」


「なぜ『サザンクロス』に同行したいのだ?」

 三橋師範が疑問に思って尋ねた。

「ゴブリンエンペラーがどれほどの魔物か。見ておきたいんです」

「もしかして、将来ゴブリンエンペラーを倒すつもりなのか?」


 紫音が頷いた。

「ええ、ゴブリンエンペラーのドロップ品を手に入れたいんです」

 そのドロップ品というのは、高機能の収納アイテムと鑑定アイテムだと言われている。三橋師範は面白い子だと思いながら別れた。


 そして、資料室に行って猿猴ダンジョンの事を調べ始める。二十層までの道のりと遭遇する魔物について調べた。手強そうな魔物は居ないようだ。


 三橋師範は翌朝早くから猿猴ダンジョンに入り、二十層に向かって進み始めた。一層から八層までは問題なく進み、九層の草原に進んだところで誰かが戦っている気配に気付いた。


 その気配のところへ行くと紫音が三匹のオークソルジャーと戦っていた。紫音は三匹に攻め立てられて防戦一方になっている。


「助けが必要か?」

 取り敢えず声を掛ける三橋師範。紫音がチラッと三橋師範を見てから防御に戻る。

「助けてください」

「分かった」


 三橋師範は黒い衝撃吸収服に革製の作務衣さむえのような防具を着て、帯を締めている。その帯にマジックポーチⅠを吊り下げていた。武器は両手に龍撃ガントレットを装着し、足には竜鱗ブーツを履いている。


 駆け付けた三橋師範にオークソルジャーの一匹が向かってきた。オークソルジャーがバトルアックスを振り下ろすと、躱してボディにパンチを叩き込む。龍撃ガントレットを装着しているので、突きというよりパンチと呼ぶ方がしっくり来る。


 腹にパンチをもらったオークソルジャーが、血を吐き出しながら吹き飛んだ。三橋師範はまだ紫音を攻撃しているオークソルジャーの後ろに回り込んで、竜鱗ブーツに魔力を流し込みながら跳躍し、オークソルジャーの首に足刀を叩き込んだ。


 竜鱗ブーツが脚力を強化したので、オークソルジャーの首の骨が折れたようだ。残った一匹は紫音が『ブレード』で仕留めた。


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