第824話 『サザンクロス』の実力

「怪我はないか?」

 三橋師範が尋ねると、紫音が頷いた。

「大丈夫です。ありがとうございます」

 紫音は大した怪我がないようだ。

「おじさん、オークソルジャーを打撃で倒していたように見えたのですが、そんな事ができるんですか?」


 三橋師範は龍撃ガントレットを見せた。

「これと靴は、特別なのだ。儂の突きや蹴りの威力を何倍にも高めてくれる。それより早撃ちの練習はしていないのか?」


「ちゃんとしています。何かおかしいですか?」

「早撃ちの練習をしていたら、オークソルジャーの三匹くらいは一人で片付けられたはずだ。先生は早撃ちを見せてくれなかったのか?」


「早撃ちの練習は大事だと教えてくれたんですが、あまり実技が得意な先生じゃなかったんです」

 ジービック魔法学院の卒業生の中にも、実技が得意でない者も居ただろうから仕方ない。


「そうか。ところで二十層の中ボス部屋へ行くつもりだったのか。ギルド職員が勝手な事はするな、と言ったのを聞いたぞ」


「冒険者の行動は自己責任です。ギルド職員も止める事はできません」

 三橋師範もゴブリンエンペラーを狩るつもりだったので、紫音だけを非難する事はできない。

「それはそうだが、実力が伴わないと単なる馬鹿な真似になる」


「おじさんもゴブリンエンペラーを倒すつもりじゃないんですか?」

 自分と一緒だと紫音は言いたいようだ。

「儂は倒せる自信がある」

 紫音が疑いの目を三橋師範に向ける。経験が浅すぎて三橋師範の動きや気配から強さを感じ取れないらしい。


「そこまで言うのなら、私に証明してください」

「どういう意味だ?」

「私を二十層の中ボス部屋まで連れて行ってください」

 このまま分かれても紫音は二十層へ向かいそうだったので、三橋師範は一緒に連れて行く事にした。


「おじさん、ありがとう」

「儂の名前は三橋だ。おじさんはやめろ」

「分かりました。三橋さん」

 二人は九層の草原を進み始める。三橋師範は龍撃ガントレットを外してマジックポーチⅠに仕舞い、代わりに衝撃扇を出して帯に差した。紫音に生活魔法の戦い方を教えようと思ったのだ。


「三橋さんも『生活魔法教本』を読んで、生活魔法を勉強したんですか?」

 紫音が三橋師範に質問した。

「もちろん『生活魔法教本』は読んだが、ほとんどの生活魔法はグリムに教えてもらった」


「そうですか。グリムさんという生活魔法使い……えっ、グリムってグリム先生の事ですか?」

「そうだ。儂は渋紙市に住んでおるのだ」

「ええーっ!」


 三橋師範がグリムの直弟子だと知った紫音は、いろいろグリムの事を知りたがった。グリムの話で盛り上がった頃、二人はアーマーベアと遭遇する。


「戦ってみるか?」

 三橋師範がそう言うと、紫音の顔に不安が浮かんだ。

「『クラッシュボール』か『クラッシュランス』を習得していないのか?」


「私は付与魔法使いから、生活魔法使いに転向したので、まだ魔法レベルが『7』なんです」

「分かった。儂が相手をするから、見ていなさい」

「はい。よろしくお願いします」


 三橋師範は前に進み出ると、衝撃扇を抜いて右手に持った。アーマーベアは三橋師範に気付くと吠えながら走り出す。体長五メートルの巨大な熊が凄い勢いで迫って来ると普通なら恐怖を感じるのだが、三橋師範の顔には一片の恐怖もなかった。


 冷静にアーマーベアの動きを見詰める三橋師範は、魔物との距離がもう少しで十メートルという時に七重起動の『ハイブレード』を発動し、D粒子の巨大な刃をアーマーベア目掛けて振り下ろした。


 D粒子の刃が加速して先端が音速を超えた次の瞬間、その刃がアーマーベアの頭に当たり真っ二つに両断する。それで終わりではなかった。刃は地面も切り裂き衝撃波が土砂を舞い上げる。


「うわっ」

 紫音が声を上げた。その時、三橋師範は紫音の前に移動して『マナバリア』の魔力バリアを展開していた。御蔭で紫音は土砂と爆風を浴びずに済んだ。


「これが魔法レベルが『8』になった時に習得できる『ハイブレード』だ。七重起動ならアーマーベアでも一撃で倒す事ができる」


「す、凄いですね。私も使えるようになるでしょうか?」

「魔法レベルが『7』という事は、才能は『D』以上なのだな。ダンジョン活動を続ければ、習得できるようになるだろう。但し、あのアーマーベアが迫って来ても、冷静に対応できる胆力が必要だ」


「さすがに難しいです」

 三橋師範が紫音をジロリと見た。

「自分に自信を持て。そのためには守りの基本であるプッシュ系を、どのタイミングでも出せるように鍛錬する事だ」


 守りに自信が持てれば、冷静に対応できるだけの余裕が生まれる。三橋師範はそう考えて指導していた。ちなみに、紫音の生活魔法の才能は『C』だという。付与魔法が『B』だったので、最初は付与魔法使いになろうと考えたが、途中から生活魔法の発展が始まったので転向したという。


「なぜ付与魔法から、生活魔法へ変わったのだ?」

「もの作りよりダンジョン探索がしたくなったんです」

 何か事情があるようだったが、三橋師範はえて追及しなかった。


 二人は十層に下りると中ボス部屋へ行った。その中ボス部屋には三人の男たちが居た。ゴブリンエンペラー狩りに来た『サザンクロス』チームである。


「奇妙な組み合わせだな」

 リーダーの薬丸やくまるが言った。この『サザンクロス』というチームは全員が魔装魔法使いだと三橋師範は聞いている。中でも薬丸は凄腕だとギルド職員が言っていた。


 紫音が前に進み出た。

「ゴブリンエンペラーを倒しに行くんですよね。同行させてもらえませんか」

 紫音は十層の中ボス部屋で『サザンクロス』と会って同行を頼むつもりだったようだ。薬丸が紫音を値踏みするように見て言った。

「断る。足手纏だ」


 紫音は肩を落とした。三橋師範は『サザンクロス』の三人を見ていて不安になった。リーダー格の薬丸以外の二人がゴブリンジェネラルと戦うには頼りないのだ。但し、それは動きや気配で感じただけなので確かなものではない。


「質問してもいいかな?」

 三橋師範が尋ねると、三人がジロリと三橋を見た。

「何だ?」

「ゴブリンエンペラーやゴブリンジェネラルは、魔力障壁を持っていると聞いている。どうやって破るつもりなのかね?」


「そんなのは簡単だ。おれたちには、この『カラドボルグ』がある」

 薬丸が一本の剣を取り出して見せると、紫音が目を丸くして見詰める。カラドボルグはそこそこ有名なケルト神話に出てくる剣である。


 但し、三人の魔装魔法使いがパワー系のマッチョな男ばかりなのが不安要因だ。素早いゴブリンエンペラーに勝てるかどうかが心配になる三橋師範だった。


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