第811話 タンパダンジョンの主たち

 アメリカのフロリダに到着した俺は、オカラダンジョンの近くにある冒険者ギルドへ行った。オカラダンジョンとタンパダンジョンは、直線距離で百キロちょっと離れている。それだけの距離があっても、人を雇って討伐チームの動きをチェックさせているので、出発する時にはすぐに駆けつけられるだろう。


 オカラダンジョンでは一層のハンターサウルスやラフタートルを狩って時間を過ごしていると、ジョンソンが訪ねてきた。


 俺はステイシーかジョンソンが、訪ねてくるのではないかと予想していた。冒険者ギルドは俺がオカラダンジョンで活動している事をステイシーに知らせたはずだ。ベヒモスが居るタンパダンジョンの近くに急に現れた俺の事を、怪しいと思っているだろう。


 ステイシーなら俺がフロリダへ来た理由を知りたがるはずだと、予想したのである。

「グリム先生、ズバリと聞くけど、フロリダに来た狙いはベヒモスじゃないの?」

「まあね。討伐チームがベヒモスと戦うと聞いた。見学させてもらうよ」

 ジョンソンが溜息を漏らす。


「見学じゃなくて、参加してくれればいいのに」

「手伝ってベヒモスを倒したら、ドロップした躬業の宝珠をもらえる?」

 ジョンソンが渋い顔になった。軍は躬業の宝珠が目的で巨獣を倒そうと思っているのだ。その躬業の宝珠を渡すはずがなかった。


「たぶん、それはダメだろう」

「そうだろうと思った」

「グリム先生は、どうして躬業を欲しがるんだ?」


「冒険者として強くなるには、躬業が必要だと思ったからです。ジョンソンさんも、そう思いませんか?」

「そうかもしれない。だが、躬業は特別なものだと思う?」


「どう特別なんです?」

「躬業は普通の魔法より強力なパワーを、使用者に与えると聞いている。それは邪神眷属や邪卒と戦うためじゃないかと思うんだ」


 ジョンソンは戦う対象から邪神を除いている。躬業があっても邪神とは戦えないと思っているのだろう。実際、『神威』や『神慮』があっても、邪神にダメージを与えられるか分からないと俺も思っていた。


「見学するなら、軍に話を通してやろうか?」

「いや、いいです。勝手に付いて行きますから」

 ジョンソンが苦笑いする。


「魔物と間違えられて攻撃されたら、どうする?」

「少し離れて付いて行きますから、まず見付かる事はないでしょう。見付かったら声を上げますよ」


 リビアの時は密入国だったので全て気付かれないように行動していたが、今回は正式に入国して特級ダンジョンに潜るのだから、見付かっても問題ない。


「ところで、ジョンソンさんの生活魔法はどこまで行ったのです?」

「才能は『D』、魔法レベルは『8』になった。もう『ウィング』も使えるようになったんだぞ」

 ジョンソンが嬉しそうに言った。魔装魔法には長距離を飛ぶような魔法がないので、『ウィング』を使えるようになったのは嬉しいようだ。


 少し雑談をしてからジョンソンは帰った。置き土産に討伐チームが威力偵察を決行する日を教えてくれた。ジョンソンとしては、危機的状況に陥った時に俺が付いて来ていた方が心強いと考えたのだと思う。


 教えてもらった日、俺は討伐チームがダンジョンに入ってから、二時間遅れで中に入った。タンパダンジョンで当番をしていた冒険者ギルド職員が、俺の顔を見て微妙な顔をする。


 ダンジョンに入れて良いのか迷ったのだと思う。だが、俺はA級九位の冒険者だ。職員に拒否する権限はない。


 タンパダンジョンに入った俺は、影からエルモアと為五郎を出して歩き始めた。

『ホバービークルは使わないのですか?』

「使うとすぐに討伐チームを追い抜いてしまう。今回は静かに尾行しよう」


 二層へ下りた時、討伐チームに追い付いた。二層の主であるレイジニクスという恐竜型魔物と遭遇したのだろう。それ以外に討伐チームの遅れを説明できない。


 俺は討伐チームに追い付くと双眼鏡で観察した。チームのリーダーは、クレイトン大尉という軍人だ。その下に軍人二人と魔装魔法使いのジョンソンとブラッドリー、攻撃魔法使いのハインドマンとキャナダインが居る。


 ベヒモスを倒すチームとしては、戦力が足りないと思う。但し、俺のように神威エナジーのようなパワーを使える者がいれば、倒せるかもしれない。


 三層へ下りた討伐チームは、巨木が密集している森を進んで行く。俺たちは百メートルほど離れて追跡する。D粒子センサーを使って監視しているので、見失う事はない。


 この森に棲息している魔物は、猿系の魔物になる。その中の金毛コングと遭遇して戦いとなった。魔法耐性が高い金色の毛皮に覆われた大猿が襲ってきた。普通の生活魔法では金色の毛皮に弾かれると分かっているので、クラッシュ系の『クラッシュソード』を発動し、金毛コングを斬り裂いた。


 D粒子センサーで討伐チームの動きを確認すると、俺たちには気付いていないようだ。そのまま進んで五分ほど経過した頃に、討伐チームの動きが変わった。


『討伐チームが、ソルジャーコングの群れと遭遇したようです』

 俺たちは討伐チームに近付こうとした。だが、斜め前方から大型の魔物が近付いてくるのに気付いた。


「げっ、主のテンタクルズツリーだ」

 それは枝垂柳しだれやなぎが巨大化し、その根っこがタコの足のようになって歩いているような魔物だった。しかも細い枝の一つ一つが、蛇のように動いている。


『三層の主ですね』

「何でこっちに来るんだ?」

 俺たちではなく討伐チームを狙えば良いのにと思いながら、多機能防護服のスイッチを入れ、『マナバリア』を発動してD粒子マナコアを腰に巻く。


 俺はテンタクルズツリーを見上げ、『クラッシュボール』を発動してD粒子振動ボールを放った。テンタクルズツリーはD粒子振動ボールに気付いたようで、枝の何本かを鞭のように動かしてD粒子振動ボールを弾き飛ばした。


 エルモアが跳躍し、光剣クルージーンでテンタクルズツリーの幹を斬り付けようとする。だが、その攻撃も蛇のように動く枝で遮られた。為五郎が雷鎚『ミョルニル』を投じたが、それも防がれた。


「あの枝が邪魔だな」

 そんな事を言いながら、テンタクルズツリーを観察していると、長い枝を使って敵である俺たちを近付けないようにしているのに気付いた。弱点は幹のようだ。そうと分かれば、踏み込んで攻撃を当てるだけである。


 俺は五重起動の『カタパルト』で身体を前方へと放り投げる。テンタクルズツリーの枝が襲ってきたが、それを『クラッシュソード』の空間振動ブレードで薙ぎ払い、幹に近付いた瞬間に『ニーズヘッグソード』を発動し、拡張振動ブレードでテンタクルズツリーの幹を真っ二つにした。


『お見事です』

 メティスの称賛の言葉が頭に響く。テンタクルズツリーが消えてドロップ品が残った。俺が黒魔石<大>を拾い、為五郎が小さな宝箱のようなものを発見した。


 その宝箱を開けると、何かの機械が入っていた。マルチ鑑定ゴーグルで調べてみると、『D粒子多孔体製造装置』と表示された。


「多孔体というのは何だ?」

『木炭のような穴が多数ある物質です』

 D粒子で炭のようなものを形成したものらしいが、どんな役に立つんだ?


―――――――――――――――――

【お知らせ】

『生活魔法使いの下剋上 2巻』の書籍化作業が全て終わり、発売日を待つだけとなりました。

4/28に発売される2巻には、書き下ろしとして『透明な魔物』というエピソードが追加されています。

2巻も宜しくお願い致します。【予約受付中です】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る