第810話 タンパダンジョンのベヒモス

 アメリカのフロリダ半島にあるタンパダンジョンに、A級二位のブラッドリーが来ていた。十層の主である地神ドラゴンを倒し、そのドロップ品を手に入れるのが目的である。


 冒険者ギルドの資料には、ここの地神ドラゴンを倒すと膨大な容量を持つ収納アイテムをドロップすると書かれていた。


 八層を抜けて九層に下りた時、ブラッドリーの身体がブルッと震えた。

「……クッ、この尋常ではない気配は、どういう事だ?」

 ブラッドリーの全身に緊張が走り、いつの間にか手に愛剣リジルを握り締めていた。ブラッドリーは気配がする方向に進み始めた。


 そして、広大な草原をのし歩く巨獣の姿を目にしたブラッドリーは、頭から血の気が引いた。それは圧倒的な存在感を感じたからだ。


「こ、こいつが正真正銘のベヒモスか……」

 ブラッドリーは一人で勝てる相手ではないと思った。逃げようと後ろを向いた瞬間、ベヒモスの顔を覆っている毛の一本一本が逆立った。


「うおおーーっ!」

 ブラッドリーは全力で逃げ出した。その背後にベヒモスが飛ばした毛針が迫り、それを感じたブラッドリーが横に跳んだ。地面に毛針がドスドスという音を立てて突き刺さる。


 ブラッドリーは反撃しようと思ったが、それはやめた。反撃すればベヒモスは別のダンジョンへ移動してしまう。それではベヒモスを倒すチャンスを逃す事になる。それに魔装魔法使いであるブラッドリーにベヒモスを倒すだけの威力を持つ攻撃手段がなかった。


 ブラッドリーは『ヘルメススピード』を発動し、素早さを十倍に強化した。その瞬間、ベヒモスの全身から何かが上空へ立ち昇るのを感じる。すると、上空に真っ黒な雲が湧き起こった。


「ま、まずい。あれは危険だ」

 素早さを十倍にしたブラッドリーが必死になって走り始めた。素早さを強化した走りなのに、黒雲はそれより速く広がってゴロゴロと音を立て始める。


 どんな攻撃が来るか予想がついたブラッドリーは、飛ぶように走りながら上を見た。黒い雲から稲妻が飛び出してブラッドリーの近くに落ちた。


 その瞬間、『ヘルメススピード』の魔法が解除され、十倍に間延びしていた時間が元に戻った。

「はあはあ……なぜだ?」

 魔法が解除された事に納得できないブラッドリーが呟いた。また上空でゴロゴロと音がなる。


 ブラッドリーは必死になって走り続け、八層に上る階段に跳び込んだ。何とか生き延びたブラッドリーは地上に戻ると、冒険者ギルドに報告した。その報告はステイシーと軍に知らされた。


 その翌日、ブラッドリーは軍に呼び出されて陸軍基地に向かう。その陸軍基地では大きな会議室に案内された。そこに集まったのは軍の幹部と、巨獣討伐チーム、それにステイシーだった。


「ミスター・ブラッドリー。君はタンパダンジョンで巨獣ベヒモスを発見したそうだね?」

 陸軍のロバートソン少将が確認した。

「はい、この目で見ました」

「という事は、前回倒したベヒモスが、プアリィベヒモスだったというのは本当だったか」


 ステイシーがロバートソン少将をジロリと見た。

「少将、私の報告を疑っておられたの?」

 グリムから討伐チームが倒したベヒモスが、プアリィベヒモスだと聞いたステイシーは軍にも伝えたのだ。


「そういう訳ではないのですが、討伐チームが撮影した映像を見たのですが、あれが偽物となると……本物がどれほどのものか、想像ができんのですよ」


「なるほど、その気持ちは分かります。ですが、ミスター・ブラッドリーの報告は間違いないでしょう」


 少将はブラッドリーに目を向けた。

「プアリィベヒモスとベヒモスの違いは、何かね?」

「まず大きさです。ベヒモスの方が一回り大きかったです。さらに毛の色が違っていました。プアリィベヒモスは灰色でしたが、ベヒモスはオレンジ色の毛でした。そして、一番違ったのが、その体内に内包しているパワーです。プアリィベヒモスとは比較にならない凄まじいパワーを感じました」


 ブラッドリーはどういう攻撃を受けたか、詳しく説明した。

「討伐チームがベヒモスに勝てると思うか?」

「正直、どうすれば勝てるか分かりません。私の魔剣ダインスレイフから撃ち出す【渦緒素弾】や『ブラックホール』でダメージを与えられるか自信がないのです」


「まず、それらの攻撃が通用するのかどうかを、はっきりさせないと」

「ステイシー本部長、ベヒモス用の攻撃魔法を開発できないのですか?」

 ブラッドリーが尋ねた。


 ステイシーが難しい顔になる。

「ベヒモスの事がもう少し詳しく分からないと、創りようがないわね」

 少将がステイシーに目を向ける。

「討伐チームに、威力偵察を命じてはどうでしょう?」


 ステイシーが顔をしかめる。

「それではベヒモスが、別のダンジョンへ移動してしまいます」

「しかし、それによって詳しい情報を得られます。何もしないよりはマシです。このまま放置していても、移動する場合があると聞いていますよ」


 巨獣は人間が攻撃しなくても何年かすると別のダンジョンへ移動するという習性がある。ロバートソン少将の提案に賛成が集まり、威力偵察を実行する事になった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 アメリカの討伐チームがベヒモスを威力偵察するという情報は、すぐに知らせが届いた。俺はタンパダンジョンの近くにある冒険者ギルドの職員の一人を買収し、タンパダンジョンに何か変化があったら知らせるように工作していたのだ。


『タンパダンジョンへ行くのですか?』

 メティスが尋ねた。

「新しく創った魔法が、本当にベヒモスにダメージを与えられるか確かめたい」

 俺は『神威迅禍』の魔法を創った後、もう一つ攻撃手段を用意した。その二つを試したかった。


『では、アメリカの討伐チームが戦う前に、ベヒモスと一戦するのですか?』

「討伐チームとベヒモスが戦った直後に、攻撃するのがタイミング的にはベストだろう。もし、討伐チームがベヒモスにダメージを与えれば、ベヒモスを倒せるかもしれない」


『それは期待できないと思います』

 メティスはアメリカの討伐チームが、ベヒモスに大きなダメージを与えられないと思っているようだ。俺は冒険者ギルドに頼んで、特級ダンジョンの情報は手に入れている。その中にはタンパダンジョンの情報もあり、九層までなら地図もあった。


 俺はアメリカに飛んで、同じフロリダにあるオカラダンジョンで活動しながら、討伐チームの動きを探る事にした。


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