第812話 ベヒモスと討伐チーム

 俺がテンタクルズツリーのドロップ品について考えている間に、討伐チームはソルジャーコングの群れを殲滅したようだ。今は魔石の回収をしている。


 討伐チームは森の中を階段へ向けて進み、四層へ下りた。四層は海になっており、装甲ボートで渡るようだ。俺たちは討伐チームの装甲ボートが見えなくなるのを待ってから、ホバービークルを出して乗り込んだ。操縦はエルモアに任せ、俺は討伐チームの気配を探る。


 さすがに二百メートル以上離れているので、位置を確認できなかった。だが、行き先の島は分かっているので、俺たちはゆっくりと飛び始める。


 四層と五層は何事もなく通過した。そして、六層に下りた時、冷気を感じて身体が震える。ここは極寒の世界で雪が降り積もって真っ白になっていた。


 俺は収納アームレットから保温マフラーを出し、首に巻いて多機能防護服の中に押し込む。すると、冷気が嘘のように消えた。機能は保温マントと同じであるようだ。ちなみに、保温マントはアリサに譲った。


 暗視ゴーグルを装着して雪原を進み始めた。暗視ゴーグルは光量を調節する機能があるので、眩しい場所でも有効なのだ。


『討伐チームは、我々の事に気付いているでしょうか?』

「少なくともジョンソンは気付いていると思う。テンタクルズツリーとの戦いで強力な魔法を使ったから、ハインドマンも気付いているんじゃないかと思う」


『ブラッドリーさんは、どうです?』

「あの人は探知系が得意そうだと思えないな」

『意外な一面があるかもしれませんよ』


「どっちでもいいさ。それより、これから先は神威エナジーや励起魔力を使用する魔法は、使わないようにしよう」


『どうしてです?』

「またベヒモスに気付かれて、警戒されるかもしれない」

『そうですね。それに層を移動するかもしれません』

 俺たちはベヒモスが九層の草原に居ると仮定して戦術を練っていた。他の層へ移動されると、それらが無駄になる。


 ただ戦いで用意した戦術が使えるどうかは分からない。戦いに不確定要素は付きものだからだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「ここまでは順調だ。今日はどこまで行きますか?」

 ハインドマンがクレイトン大尉に尋ねた。

「野営の件なら魔物が少ない雪原が安全なんだが、こんなに寒いと眠れそうにないから、八層の湖の近くでテントを張るつもりだ」


「野営か。そういう時には、シャドウパペットが欲しいな」

 ジョンソンが横から口を挟んだ。ハインドマンがジョンソンに目を向ける。

「確か生活魔法を学ぶ理由が、シャドウパペットを作る事じゃなかったか?」


「そうですけど、途中から生活魔法自体が面白くなって、まだシャドウパペットを作っていないんだ」

「どんなシャドウパペットを作るつもりなんだ?」

「最初は、定番の猫か犬にしようと思っている」


「犬なら、フレンチブルドッグを参考にしたらどうだ。あれは可愛いぞ」

 ハインドマンが目を細めて言った。

「あれっ、フレンチブルドッグを飼っているんですか?」


「飼いたいが、家族の中に犬アレルギーが居るんで、飼えないんだ」

「だったら、シャドウパペットを買えばいいのに」

「いや、やっぱり本物の犬とシャドウパペットは違う」


「それはそうだろうけど、育て方で違うと思う」

「どういう意味だ?」

「グリム先生が作ったシャドウパペットを見て思ったんだけど、戦闘用とか執事用とかの専門分野のシャドウパペットは、知能が高くなって人間のような行動を取るけど、ペットのように普通に飼っているものは、人間のような行動を取らずに動物らしい行動を取るようなんです」


「面白い、今度シャドウパペットを購入してみるかな」

 そんな話をしているうちに、階段まで辿り着いた。そして、七層を最短ルートで通過して八層に下りた。


 ここで野営した討伐チームは、翌日早くに九層へと出発する。九層へ下りた瞬間、ジョンソンはプレッシャーを感じた。近くに途轍もない化け物が居ると感じたのである。それはジョンソンだけではなく、他の者も感じたらしく全員の顔が青くなっている。


 攻撃魔法使いのキャナダインがキョロキョロと周囲を警戒する。

「何なんだ、この気配は?」

 ブラッドリーが強張った顔で、キャナダインに目を向ける。

「決まっているだろ。ベヒモスの覇気が漏れ出しているのだ」


 討伐チームはベヒモスを探して進んだ。そして、すぐに巨大な化け物に遭遇する。それを見たキャナダインが怯えた顔になる。


「こんなのに勝てるはずがない。プアリィベヒモスなんかと比べ物にならないじゃないか」

 クレイトン大尉がキャナダインを睨んだ。

「安心しろ。今回は偵察だ。ベヒモスの実力を探れたら撤退する」


 ベヒモスが討伐チームに気付いた。だが、別の事に気を取られている様子で、討伐チームに向かって来ない。


「それぞれが最高の攻撃を仕掛けるんだ。いいな!」

「おう!」

 討伐チームは気合を入れて駆け出した。それを見たベヒモスがジロリと睨む。最初にハインドマンが『ブラックホール』を発動し、疑似ブラックホールを飛ばす。


 疑似ブラックホールがベヒモスの背中に命中し、ベヒモスの肉体を引き千切って呑み込もうとする。だが、ベヒモスから溢れ出る神威エナジーが、疑似ブラックホールを弾き返した。


「そんな……」

 結果を見たハインドマンが愕然とする。疑似ブラックホールが命中したのに無傷だった事実にショックを受けたようだ。


 ジョンソンはジョワユーズを握り締めてベヒモスに接近する。そして、『エアリアルマヌーバー』を使って空中に足場を作ると、ベヒモスの背中まで駆け上がった。気合を入れたジョンソンがジョワユーズの次元断裂刃を繰り出す。


 次元断裂刃はジョンソン自身も理解していないパワーを繰り出す技である。大抵の魔物なら一刀両断できる威力があった。だが、ベヒモスは次元断裂刃を受け止め弾き返した。そして、ジョンソンに向かって毛針を飛ばす。


 危険を察知したジョンソンは、ベヒモスの背中から飛び降りて『エアバッグ』を使って着地すると距離を取った。攻撃が全く通用しなかった事で、ジョンソンの顔は強張っていた。プアリィベヒモスの場合は、次元断裂刃で五十センチほどの深さの傷を負わせられたのだ。それなのに無傷で受け止めたベヒモスが、想像以上の化け物だと感じたのである。


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