第802話 鳴神ダンジョンの二十六層

「グリム先生、巨獣ベヒモスに勝てるんですか?」

「まだ分からない。ただ現時点で習得している魔法では、ベヒモスを仕留められそうにない」

「だったら、新しい魔法を創ればいいじゃないですか」

 天音の提案に俺は頷いた。


「そうするつもりだ。ただ神威エナジーを使った魔法になるから、生活魔法とは言えないだろう」

 生活魔法は基本的にD粒子を使った魔法になる。

「残念、神威エナジーを持っていない者は、使えない魔法なんですね?」

「その通りだ。しかし、鬼神力を使った魔法も創るつもりだ」


「『ラセツガン』みたいなものですか?」

「まさか。『ラセツガン』は全ての魔法使いが使えるように、制限付きで創ったものだ。今度創るのは、大型の魔物を倒せる魔法にするつもりだ」


 アリサが俺に視線を向ける。

「でも、それはベヒモス用という訳ではないんでしょ」

「まあね。ベヒモス用の魔法を創った後に、創る事になると思う」

 その後、天音と少し話をして母里魔導工房の経営状況などを聞いた。母里魔導工房は成功しているようだ。特にシャドウパペットのソーサリー三点セットを注文する客が多いという。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 アリサと千佳は久しぶりに組んで鳴神ダンジョンに入った。目的は鳴神ダンジョンの二十七層で発見された宿無しの魔物である。


 その魔物は『牛鬼うしおに』ではないかと言われている。全長が十二メートルで頭は牛、胴体は巨大な蜘蛛だったそうだ。


「アリサ、牛鬼を倒すと凄い宝がドロップするという噂があるようだけど、本当なの?」

「その噂はあまり当てにできないと思う。牛鬼の事は調べてみたけど、今回が初めて発見されたみたい」


「なんだ、ガセだったの」

 千佳が残念そうに言う。

「でも、牛鬼を倒せば冒険者ギルドが、A級に推薦してくれるというのだから、倒す価値は十分にあるわ」


 鬼神力の発見と『ラセツガン』の公開で実績を認められたアリサと千佳は、もう少しでA級に相応しいと認められるところまで来ていた。そして、A級推薦の条件が牛鬼討伐になる。


 ダンジョンに入ると、入り口近くで鉄心チームと出会でくわした

「鉄心さん、どうしたんです?」

 鉄心が左肘に包帯を巻いているのを見て、アリサが声を上げた。それを聞いた鉄心が顔をしかめる。


「ちょっとドジを踏んじまった。五層の中ボス部屋で復活したレッドオーガと戦って負傷したんだ」

 レッドオーガは倒したのだが、相打ちになる形でレッドオーガの蹴りを受けて骨折したらしい。骨折は初級治癒魔法薬では治らないので、病院で治療する事になるだろう。


「おれも歳だから、そろそろ引退を考える時期かもしれない」

 アリサたちが初めて鉄心と会った時、鉄心は三十代だったので、もう四十代だろう。魔装魔法使いである鉄心は、引退の時期なのだ。


「引退は早いんじゃないですか。生活魔法使いとしてなら、まだまだ戦えるでしょう」

 千佳が言うと、鉄心が苦笑いする。

「そうかもしれんが、それは無理をする事になる」

 無理をして冒険者を続けると、命を失うかもしれない。鉄心はそう考えているようだ。


「引退して、生活は大丈夫なんですか?」

 アリサが尋ねた。

「おれを甘く見るなよ。これまでの冒険者人生で、一生遊んで暮らせるだけの蓄えがある。それに引退してからは、魔法学院で先生を始めるつもりだ」


 鉄心は今でもカリナを手伝って魔法学院で生活魔法を教えている。今度は本格的に生活魔法の教師になるという。ちなみに、鉄心チームの他のメンバーはもう少し冒険者を続けるようだ。


 ちょっと寂しい気分になるが、アリサと千佳は今までの苦労をねぎらった。鉄心チームと別れたアリサたちは、一層の転送ルームへ行って二十五層へ移動した。


 二十五層の階段を下りて二十六層の森を確認した。この森は巨木が多く熊系の魔物が棲息している。アリサたちが森の中を進んでいると、アーマーベアと遭遇した。アリサは風の三鈷杵ヴァーユを取り出し、千佳は虚空蔵ブレードを取り出して構える。


 アリサたちに気付いたアーマーベアが吠えながら凄い勢いで走り出した。アリサが五重起動の『コールドショット』を発動し、D粒子冷却パイルを撃ち出す。


 D粒子冷却パイルはアーマーベアの胸の真ん中に命中し、全運動エネルギーを叩き込む。頑丈な胸がボコッと陥没し、その胸を覆っている肋骨が粉砕された。次の瞬間、胸の辺りが霜が降りたように白くなり心臓を凍らせる。


「アーマーベアを一撃というのは、見事ね」

 千佳の言葉にアリサが微笑んだ。

「B級冒険者だったら、これくらいは当たり前。千佳だったら、虚空蔵ブレードの一振りで終わりでしょ」


 アリサたちは冒険者ギルドで仕入れた情報を基に階段へ向かう。二十分ほど歩いた頃、少し先に荒々しい気配を感じて二人は立ち止まった。


「何だと思う?」

 千佳がアリサに尋ねた。

「この気配は、ストームベアじゃないかしら」

 ストームベアは体長五メートルでレッドオーガ並みに素早い、しかもドラゴンに匹敵するほど強靭な毛皮を纏っている。


「今なら迂回する事もできると思うけど、どうする?」

 千佳が提案したが、少し遅かった。ストームベアが巨木の陰から現れ、アリサたちに気付いて睨み付けてきたのだ。


 ストームベアが全身に魔力を漲らせ始めた。その巨体から少し離れた場所で空気が渦を巻き始める。

「あっ、先手を取られた」

 千佳が声を上げる。アリサは『マナバリア』を発動し、D粒子マナコアを腰に巻くと自分と千佳を含めた範囲を取り囲むように魔力バリアを展開した。


 ストームベアが発生させた渦は竜巻へと発達し、アリサたちに襲い掛かった。その竜巻は魔力バリアに襲い掛かったが、魔力バリアは耐えきった。アリサが魔力バリアを解除した瞬間、千佳がストームベアに向かって跳んだ。そして、虚空蔵ブレードから伸ばした鬼神力の刃をストームベアに向かって振る。ストームベアは意外なほどの素早さで跳び退いて躱した。


 千佳が追撃してストームベアの死角に入り込む。鬼神力の刃を袈裟懸けに振り下ろすと、刃がストームベアの毛皮を切り裂いて内臓へ達した。千佳はトドメとして鬼神力の刃を横に薙ぎ払い、ストームベアの首を刎ねた。


「お見事。ドラゴンも鬼神力の刃で仕留められるんじゃない?」

「難しいけど、不可能じゃないかな」

 千佳自身も虚空蔵ブレードを使った戦闘には自信があるようだ。


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