第801話 ベヒモスと呪いの指輪
時々ベヒモスの位置を確かめながら一層へ向かい、地上に戻る通路まで来た。ベヒモスは五層から移動していない。追い掛けてくる事を諦めたようだ。俺はここまで来る途中に外に出したエルモアに影に入るように言った。エルモアが影に飛び込むと入り口の扉に目を向ける。
D粒子センサーで地上の様子を探ると、扉の前に人が居るのが分かった。もしかして鍵を壊したのに気付いたのか? でも、内戦の最中だよな。そんな時にダンジョンの管理なんてしている余裕があるのか?
外に居るのは兵士かもしれない。撃たれるのは嫌なので『フライトスーツ』を発動し、<ステルス>の特性が付与されているフライトリーフが覆っていない手を背中に回して身体で扉を押し開ける。ギギギッという音がして扉が開いた。
三人の兵士が銃を構えて引き金に指を掛けている。扉が開いたので魔物が出てくると思って銃を構えたが、その顔には怯えがあった。魔物の中には銃などの武器が通用しないものが居るからだ。
俺はゆっくりと飛び上がる。その直後に扉が閉まってガチャリという音が響いた。その音に兵士たちが反応して引き金を引いた。鋼鉄の扉に銃弾が当たり騒々しい音が鳴り響く。
俺は休憩を取りながら飛び続け、クレタ島に到着する。クレタ島のパレオコラダンジョンに忍び込んで、すぐに『フライトスーツ』を解除してから地上に出た。
ダンジョンハウスでシャワーを浴びてから着替え、ホテルに向かう。一日ゆっくりと休養を取ってから、俺はパレオコラダンジョンに潜って適当に魔物を狩って魔石やドロップ品を回収し、地元の冒険者ギルドで換金した。これはアリバイ作りである。
もう一度ベヒモスの位置を『魔物探査球』で調べると『不明』となった。
「どういう事だろう?」
『もしかすると、別のダンジョンに移動中なのかもしれません』
ベヒモスは何らかの方法で別のダンジョンへ移動しているので位置を特定できないのではないか、とメティスは推測したようだ。
俺は日本に帰った。これで俺が何をしていたか調べたとしても、冒険者ギルドなどの情報から得られるのはクレタ島のパレオコラダンジョンで活動していたという情報だけだろう。
屋敷に戻った俺は作業部屋に行って影からシャドウパペットを出し、ソファーに身を投げ出した。
「はあっ、疲れたな」
『それだけの成果はあったと思います』
「例えば?」
『ベヒモスの強さです。予想以上に強かったと思います』
「そうだな。『スキップキャノン』が通用しなかったのは、本当に予想外だった」
『神剣ヴォルダリルの神威飛翔刃が、あそこまで無力だとは意外でした』
「まあね。マウンテンタートルと戦った時に薄々気付いていたけど、これではっきりした」
但し、神剣ヴォルダリルから発生する神威エナジーには、大きな魅力を感じている。俺自身が神威月輪観の瞑想を使って神威エナジーを引き出す場合の五倍ほどを神剣ヴォルダリルが発生させるからだ。
『ですが、神剣ヴォルダリルから発生する神威は膨大なものです。使い方次第だと思います』
俺と同じ事をメティスも考えていたらしい。ただ戦っている最中に神剣ヴォルダリルから発生する膨大な神威エナジーに思いや念を込めるという作業は難しいものがある。
地獄谷で多数のドラウグオーガを殲滅した時は、神剣ヴォルダリルから繰り出した神威飛翔刃を<聖光>の特性と同じ効果を持つようにしたいという思い、あるいは念で律した。神威飛翔刃が内包する膨大な神威エナジーは、聖光という方向性を与えられてドラウグオーガを倒した。
あの方法が取れたのは、比較的安全な場所で時間を掛けて神威飛翔刃を撃ち出す事が可能だったからだ。ベヒモスと戦いながら、そんな事はできないだろう。
『魔法概念を使って、神威飛翔刃を律する事はできませんか?』
面白いアイデアだと思った。だが、魔法概念については『魔法概念構築法』を習得して学び始めたばかりで完全に習熟した訳ではない。神剣ヴォルダリルから発生した神威エナジーを魔法概念で制御できるか自信がなかった。
俺とメティスが話をしていると、作業部屋にアリサと天音が入ってきた。
「お邪魔します。先生にお願いがあるのですが」
「お願い、何?」
俺はメティスとの話を中断し、天音の話を聞く事にした。
「カリナ先生から相談があったのですが、魔法学院の卒業生の中で有望な生活魔法使いをバタリオンに入れて欲しいそうなんです」
カリナが有望だと判断したのなら、本当に有望な生活魔法使いなのだろう。そういう人材ならバタリオンに入れて鍛えるのも良いかもしれない。
「分かった。但し、一人一人の実力を見せてもらい、性格なんかを確かめさせてもらってから決める事にする」
「それで構いません。ありがとうございます。ところで海外へ行っていたそうですが、どこに行っていたのです?」
「ギリシャのクレタ島に行っていた」
「クレタ島ですか。あそこに有名なダンジョンなんてありましたか?」
「あの辺の近くに、手強い魔物が居たんだ」
「何という名前の魔物です?」
俺は天音の目を覗き込み、真剣な顔で言う。
「絶対に秘密にしてくれよ」
「分かりました」
「実は巨獣ベヒモスと戦ってきたんだ」
天音が驚いた顔になった。
「ほ、本当にベヒモスと戦ったんですか?」
「そうだ。但し、勝てた訳じゃない。今回はベヒモスの強さを確かめるための小手調べだ」
俺はベヒモスとどう戦ったのかを話した。今まで躬業については、アリサと千佳以外は秘密にしていたのだが、バタリオンの主だった者には打ち明ける事にした。一緒にダンジョン探索をする時に、『神威』の躬業を隠したままだと実力を発揮できないからだ。
それに千佳のように躬業の宝珠を手に入れる者も出てくるかもしれないので、知らせる事にした。
「ええっ、千佳の鬼神力は躬業だったんですか?」
天音は千佳から『鬼神力鍛錬法』を習って鍛錬しているという。それで自分が躬業の一種を鍛錬していたと分かって驚きの声を上げたようだ。
「ベヒモスも神威エナジーを使うというのは、脅威ですね。それに牙から衝撃波を出したり、雷を操ったり、毛を撃ち出したりするのは怖いです」
アリサが首を傾げた。
「ちょっと待って、ベヒモスは胴体がカバで頭が猪という巨獣よね。毛は頭の毛を撃ち出すの?」
「そうだ。胴体部分にはあまり毛がないからな」
天音が何か閃いたという顔をする。
「いい事を思い付きました」
「何だ?」
「ベヒモスに、地獄谷で手に入れた呪いの指輪を呑み込ませるんです」
天音が言う呪いの指輪とは、『一日に三百本の毛が抜ける指輪』の事らしい。ベヒモスに指輪の呪いを掛けて、毛をなくすという作戦だそうだ。天音のジョークだが、これがツボに嵌った。
俺とアリサは大笑いした。ベヒモスが円形脱毛症になった姿を想像したのだ。
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