第761話 実戦の勘
巨大蛇タクシャカの死骸は、軍が運び去った。解体してオークションに掛けられると聞いている。冒険者ギルドに戻った俺たちは、死骸を売って分配した代金とインド政府からの報奨金を銀行口座に振り込む手続きをした。
ベトナム人のクエットが、俺の傍に来た。
「グリム先生、教えて欲しい事があるのですが」
俺はクエットに『グリム先生』と呼ばれて意外に思った。前回ヴァースキ竜王倒した時には、『グリム』と呼んでいたからだ。
「なんで、『グリム先生』なんです?」
クエットが一冊の本を取り出す。それは『続生活魔法教本』だった。カリナと共同で執筆した『生活魔法教本』の続巻である。クラッシュ系やホーリー系の生活魔法について書かれているものだ。
「今、生活魔法の勉強をしているのですよ。だからです」
その『続生活魔法教本』の本は世界各国で翻訳されており、クエットが持っている本はベトナム語に翻訳されたものだった。
「それで教えて欲しいというのは?」
「『ホーリークレセント』を使えば、邪神眷属の五大ドラゴンを倒せるかどうかを知りたいんです」
邪神眷属用の魔装魔法が少ないので、邪神眷属とは生活魔法で戦おうと考えているようだ。邪神眷属用の魔装魔法は、二つほど魔法庁に登録されている。
一つは『イービルスレイヤー』という魔法で、もう一つは魔装魔法の賢者であるエミリアンが新しく開発したものだ。この新しい魔法は武器の切れ味を強化すると同時に<邪神の加護>が無効になる魔装魔法である。魔法レベルが『18』で習得できる魔法で、『ウリエルブレード』と名付けたようだ。
その後、エミリアンは斬撃を飛ばす邪神眷属用の魔法を開発中だと聞いている。ただ遠距離攻撃を苦手とする魔装魔法なので苦労しているようだ。
「そんなに難しい質問だった?」
俺が考え込んでしまったので、クエットが不審に思ったようだ。
「いや、『ホーリークレセント』で五大ドラゴンの邪神眷属なら倒せると思います。但し、それ以上に手強い魔物となると難しいですね」
「なるほど、それなら魔法レベルを上げる価値がある」
生活魔法は着実に世界に広まっているようだ。
タクシャカがオララムの町に与えた被害を聞きに行ったシェーカルが戻ってきた。その顔が暗くなっており、何かショックな事を聞いたようだ。
「どうしたんです?」
「オララムで亡くなった人数が発表された。百二十八人だったらしい」
シェーカルが暗い顔をしている訳が分かった。
「そうですか」
何と言えば良いのか分からない。百二十八人という犠牲者の数が多いのか少ないのかも判断できなかった。
「最初の戦いで倒していれば、オララムの人々が亡くなる事はなかったのだ」
シェーカルの声から複雑な思いが伝わってきた。最初の討伐作戦が失敗した後に、タクシャカがオララムの町に来たのだろう。
二度とこういう事が起きないようにするためには、どうすれば良いのだろう? 八大竜王を倒せるだけの実力を持つ冒険者が各国に居るという状況が一番良いのだ。だが、それができないので苦労している。
客観的に考えると、俺という存在が日本人に大きな安心感を与えているのだろうか? 自分では想像もしていなかったが、A級ランキング上位の冒険者という存在は思っていた以上に重要なようだ。
インドの首相から感謝の言葉をもらい、日本へ帰国した。普通ならインド政府がマスコミに俺の活躍を公表して空港にマスコミが押し掛けるという騒ぎになるのだが、そういう騒ぎが嫌なので俺の名前は出さないように頼んでいる。それにより空港にマスコミが押し掛けるという事もなかった。
渋紙市に戻った俺は、屋敷でアリサにインドでの出来事を話した。
「えっ、若返りの効果……」
アリサは巨大蛇の眼球の中にある硝子体の薬効について聞いて驚いた。
『その硝子体を飲めば、若返るという事ですか?』
メティスも気になったようで質問した。
「いや、少し加工する必要がある。加工すると白ワインのような液体になるみたいだ」
俺は硝子体が劣化する前に、加工して淡い黄色の液体である若返り薬を完成させた。出来上がった若返り薬は五百ミリリットルほど、四百ミリリットルは不変ボトルに入れて収納アームレットへ仕舞う。
残りの百ミリリットルは冒険者ギルドと関係が深い研究所に預け、その薬効を詳しく調べるように依頼した。
若返り薬はすぐに結果が出るものではないので、結果待ちの状態になった。そこで鳴神ダンジョンの探索を再開する事にした。
『二十六層の熊を相手に、実戦の勘を磨くのは良い事です』
「メティスは、実戦の勘が鈍っていると言いたいのか?」
『タクシャカに破砕ブレスを吐かれた時、一瞬迷ったように感じました。違いますか?』
そう尋ねられて渋い顔になる。破砕ブレスに気付いた時、プロミネンスブレードを中止して全力で回避するかどうかで迷ったのだ。結局、プロミネンスブレードを叩き込んでから回避する事にしたので、地面を転がる事になったのだ。
「違わないけど、そんなに勘が鈍っているのかな?」
『自分で気付いた時には、遅いと思います』
俺はメティスの助言に従い、鳴神ダンジョンで実戦修業を行う事にした。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
俺が鳴神ダンジョンで修業している頃、由香里は医療魔法士として働きながらダンジョンで手に入れた生命魔法の魔導書について調べていた。もちろん、由香里一人では調べられないのでアリサも協力している。
「アリサ、魔道書の二十六ページに書かれている魔法なんだけど、分析は進んでいるの?」
その魔法というのは、血管の血栓を取り除くというものだった。由香里はこの魔法を魔法庁に登録して普及させようと思っている、それで登録時の資料として必要な魔法陣の作成をアリサに頼んだのだ。
「もう魔法陣は完成しているから。後は実際に使って効果を確かめる事ね」
「そうなの。それじゃあ、早速習得しなきゃ」
由香里は『ブラッドベセル』を習得した。
『ブラッドベセル』を習得した後、由香里は病院に報告した。この魔法を実際に使うには病人が必要だが、その前に動物実験などをしなければならない。その手配を病院がしてくれるのだ。
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