第759話 インドの依頼
アーメルリアクターの件が一段落したので、俺は対ベヒモス用として考えた鍛錬とダンジョン探索に活動の比重を移した。
久しぶりに冒険者ギルドへ行き、鳴神ダンジョンの探索がどこまで進んだか確認した。資料によると後藤のチームが二十六層へ下りる階段を発見して探索しているようだ。
「へえー、二十六層は森林なのか。しかも大型の熊系魔物が多いようだな」
『ジャイアントグリズリーとストームベアが、棲み着いているのですね』
体長八メートルほどの巨大熊であるジャイアントグリズリーより、体長五メートルほどのストームベアが手強いと言われている。
このストームベアはレッドオーガに匹敵するほどの素早い動きが可能であり、その毛皮はドラゴン並みに頑丈だという。
資料室のドアが開いて受付のマリアが現れた。
「グリム先生、支部長がお話ししたい事があるそうです」
「分かった。支部長室へ行く」
俺は資料室を出て支部長室へ向かった。ドアをノックして中に入ると、難しい顔をした近藤支部長が待っていた。
「支部長、何かありましたか?」
「アメリカに貸し出していた天逆鉾が、戻ってきた」
支部長が天逆鉾を俺に渡す。
「アメリカはどこに初級ダンジョンを作ったんです?」
「東海岸にある陸軍基地だと聞いている。軍人の訓練に使うそうだ」
軍人の訓練に使うなら、近くの初級ダンジョンで十分なはずだ。わざわざ基地の内部にダンジョンを作ったのは、秘密の何かをするためだろう。俺は天逆鉾を仕舞うと支部長に確認した。
「用件は天逆鉾だけなんですか?」
「いや、もう一つある。こちらが本題なのだ。グリム君はインドのカヌールダンジョンを知っているかね?」
「初めて聞きます。そのダンジョンで何かあったんですか?」
「五時間ほど前にカヌールダンジョンから、蛇の王タクシャカが地上に現れたのだ」
蛇の王と聞いて身震いした。タクシャカは八大竜王の中の一匹で竜王と呼んでいるが、実際は巨大な蛇らしい。
「全長三十五メートルの巨大蛇で、胴の直径が二メートルほどあるそうだ」
「もしかして、俺に倒せと言っているんですか?」
「君なら倒せるだろ」
「倒せるとは思いますが、俺は蛇が苦手なんです」
支部長は意外だという顔をする。
「大蛇のヴリトラは、倒した事があったはずだ」
「倒した事がありますが、生理的に嫌なんです」
支部長が困ったという顔をする。
「君のためを思って声を掛けたんだが」
「どういう事です?」
「最近、ダンジョンでの活動を休んでいるようじゃないか。そのためA級ランキングの順位が落ちている」
それは予想していた事だった。支部長の話ではA級十二位というのが、現在の順位だそうだ。十二位でも相当なものだと思うが、三つも順位が落ちたのはショックだった。
しかも、あのジョンソンにも追い抜かれたという。それを挽回するためにタクシャカ討伐だと言うのだが、インドは遠い。到着する頃には討伐されているのではないだろうか?
「インドにもA級冒険者が居るんですよ。今から行っても倒された後じゃないですか?」
「それが……インドのA級冒険者三人とB級冒険者五人による討伐作戦を行った。だが、失敗したそうだ。しかも、A級冒険者の一人が死んでいる」
「そんな馬鹿な。タクシャカは八大竜王の中で最弱だと聞きましたけど」
昔、八大竜王の中の一匹であるヴァースキ竜王と戦った事がある。その時は数人のA級冒険者と協力して倒した。そのヴァースキ竜王に匹敵するほど手強いという事だろうか?
「最弱という情報だったが、竜王障壁を使えるようなのだ」
竜王障壁はバリアのようなもので、ほとんどの魔法を弾く事ができる。
「それは厄介ですね」
「ヴァースキ竜王の竜王障壁を打ち破ったのは、グリム君だと聞いている。今回もそれを期待しているのだろう」
光剣クラウ・ソラスのプロミネンスブレードを使って竜王障壁を破った事を思い出した。あの時はかなりきわどい戦いだったが、今ならもっと
「インド政府から協力要請が来ているのだが、どうする?」
A級ランキングが下がった事を考慮して二十位以内をキープするためには引き受けた方が良いと考えた。俺は支部長にインドへ行くと返事した。
「そうか、行ってくれるか」
近藤支部長はホッとした顔をする。インド政府からの依頼なので断わり難い状況だったのだろう。
「しかし、俺一人に任せる訳じゃないんですよね」
巨獣に比べれば格下なので、一人でも倒せると思う。ただインド政府が巨獣の事を知っているはずがないので確認した。
「もちろんだ。オーストラリアとベトナムからA級冒険者が集まる手筈になっている」
俺は詳しい状況を聞いてインドに旅立った。日本政府の専用機が用意されており、それに乗ってインドのカヌール国際空港へ到着。これは一刻も早く来て欲しいインド政府が要望したようだ。
カヌールダンジョンの近くにある冒険者ギルドへ案内されると、すでにA級冒険者たちが集まっていた。オーストラリアのギルベルトとラッセルズ、ベトナムのクエットとタンである。
ギルベルトとクエットは魔装魔法使い、ラッセルズとタンは攻撃魔法使いだった。その他にインドのA級攻撃魔法使いシェーカルとクリシュナが参加するという。
俺はヴァースキ竜王と戦った時に一緒だったシェーカルとクエット、ギルベルトに挨拶した。
「今回もグリムさんが参加してくれるのは、頼もしいね」
ギルベルトが言った。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、厄介そうな相手じゃないですか。そのタクシャカはどこに居るんです?」
シェーカルが暗い表情になって教えてくれた。
「近くの町オララムに居座っている」
「町の人たちは?」
「生きている者は全員が避難した」
だが、逃げ遅れた者もおり、その人たちは亡くなったそうだ。俺は遠くからタクシャカの姿を見たいと思い、シェーカルに頼んだ。
ホバービークルに乗ってオララムまで飛んだ。案内してくれたのはシェーカルで、数百メートル離れた上空にホバービークルを止めてタクシャカを観察する。
タクシャカの頭は人間よりも大きく、一呑みにされそうだ。それに全身を覆う鱗は頑丈で青く輝いている。俺は心眼を使って解析した。
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