第758話 ランメルスの誓い
「誰だ?」
必要以上に発電量を上げようとした操作員が青い顔をして問う。
『そんな事はどうでもよろしい。なぜ規定以上に出力を上げようとするのです?』
操作員が後ずさった。
『逃げられませんよ』
「し、仕方がなかったんだ」
『釈明は警察で行ってください。それより制御キーをもらいます』
エルモアは制御盤に挿してある制御キーを引き抜いた。この制御キーがなければ、操作ができないようになっているのだ。
出力を上げただけでは事故にならないので、ボイラーのチェックも行った。すると、ボイラーの安全弁に細工が施されているのが発見された。その安全弁に細工した人物も逮捕され、警察で取り調べを受ける事になった。
取り調べた結果、その二人は闇カジノで膨大な借金をしている事が判明した。借金を棒引きにする代わりに、今回の事を指示されたようだ。
二人は別々に指示されたらしく、それぞれの指示を実行したとしても事故は起きないと考えていたようだ。安全弁が正常なら出力を上げても大きな事故にはならないし、安全弁が作動しなくても出力を既定値以上に上げなければ、事故にはならないと思っていたという。
そこまで分かったのに、その指示を出した外国人が誰か分からなかった。似顔絵も作ったのだが、決め手にはならない。
俺はアーメルリアクターのランメルスとその部下の仕業だと確信していたが、証拠がないと警察は言う。アーメルリアクターの連中もプロなので証拠は残さなかったようだ。
「ああいう妨害工作で、アルゲス電機の評判を落とそうとするなんて腹が立つ。あの妨害工作が成功し、それが二度、三度と続いたら、アルゲス電機は終わりだった」
俺が珍しく声を荒げると、メティスの声が頭に響いた。
『ここは直接会って、本当にアーメルリアクターの仕業なのかを確かめましょう』
メティスに考えがあるらしいので提案に乗る事にした。
翌日、俺はランメルスに会うためにホテルへ向かった。ランメルスには先に連絡しており、会う約束を取り付けている。ホテルの部屋で会ったランメルスは、少し血の気が引いたような顔をしていた。
挨拶を交わした後、俺は用件を切り出した。ちなみにランメルスは英語が話せる。
「先日、発電所の完成式典で妨害工作がありました」
「何の話でしょう。私には関係ありませんよ」
「そうでしょうか? あなたの部下たちがおかしな動きをしていたようですが」
「まさか、私たちを見張っていたのですか?」
「それはお互い様でしょう。あなたたちもアルゲス電機を見張っていたのですから」
ランメルスはポーカーフェイスを装っているが、顔に緊張が表れている。
「アーメルリアクターほどの一流企業が、ライバル企業の評判を落とすために妨害工作というのは、やりすぎでしょう」
「何を言っているのか分かりませんな。妨害工作などしておりません」
俺は『疑わしい』という目でランメルスを見る。
「ならば、この『真実の宝玉』に手を置いて、妨害工作などしなかった、と誓えますか?」
俺はメティスの本体である魔導知能の金属球をテーブルの上に置いた。
「そんなものがあるとは、聞いた事がありませんね。いいですよ。誓いましょう」
ランメルスは魔導知能の上に手を置いた。
「アーメルリアクターが、アルゲス電機に対する妨害工作などしなかった事を誓います」
『嘘です。妨害工作はランメルスたちの仕業です』
接触した事でランメルスの思考が読めたメティスの声が頭に響いた。俺は魔導知能を仕舞うと、溜息を吐いた。
「その誓いが本当である事を期待します。そうでないとアーメルリアクターに不運が訪れるそうですから」
ランメルスが首を傾げた。
「それが『真実の宝玉』の力という事ですか? 私は信じませんよ」
『真実の宝玉』など嘘なのだから信じないのが正解である。但し、アルゲス電機に対する妨害工作については罰を受けてもらう。あの妨害工作が成功していたら、ボイラーが破裂して大きな事故になっていた可能性があるのだ。そうなったら、妨害工作ではなくテロ行為である。
俺はランメルスと別れて渋紙市へ戻った。アリサが待っており、どういう結果になったか知りたがった。
「ランメルスたちが妨害工作をした事が分かった。こうなったら、本格的にアーメルリアクターの内情を探る事にする」
やり方は万里鏡と心眼を利用した調査である。俺は万里鏡でアストラル体になってオランダまで飛び、アーメルリアクターという会社と社長の事を徹底的に調べた。
現地はオランダ語なのだが、アストラル体の状態だと言葉が理解できた。音として言葉を聞いている訳ではなく、もしかすると思考を読んでいるのかもしれない。
一週間ほど万里鏡を使って調査していると、ヴィンケル社長が会社の金を横領している事に気付いた。しかも、その一部が闇組織に流れているのが判明する。
オランダの調査会社も使って横領した金の流れを調査すると、ヴィンケル社長は政界に進出する野望があると分かった。それらの判明した情報をオランダのマスコミに流すと、凄い騒ぎに発展した。
オランダの検察が動き出して横領の事実が確認され、アーメルリアクターの経営陣はヴィンケル社長を解任した。検察の調査はアーメルリアクターで汚い仕事を任されていたランメルスにも及び、ランメルスは外国に逃亡したようだ。
その頃から、オランダの経済界で『日本で虚偽の誓いをしてはならない』という噂が広まった。そのような誓いをすると天罰が下るというものである。
ヴィンケル社長とランメルスはアーメルリアクターから追い出されたが、アーメルリアクター自体は存続してアルゲス電機のライバルとして競い合う事になった。
アルゲス電機はヨーロッパの市場に食い込み、世界的な会社として一歩踏み出した。一方、アメリカとアジアにおいては進出が遅れていた。
この二つの市場ではアーメルリアクターが強いブランド力を持っており、営業が中々進まなかったのである。しかし、日本とヨーロッパで励起魔力発電システムが広まった事で、この二つの市場でも興味を持つ人々が増えた。
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