第756話 励起魔力発電システムと魔石発電炉

 その日の夜にグリーン館に集まったのは八人。その中には天音、タイチ、シュンの三人が居た。俺は夕食が終わった後に三人と話を始めた。


「グリム先生、魔石泥棒の件をどう思いますか?」

 タイチが俺に尋ねてきた。

「一番の謎は、大量に黄魔石を盗んで何をするつもりかという事だな」

「売るつもりじゃないんですか?」


 確かに売れば莫大な金額になるだろうが、発電に使うほどの量となると購入する取引先も限定されてしまう。警察も馬鹿ではないだろうから、そういう取引先になりそうな会社などには目を光らせているはずだ。


「だけど、普通の会社が盗品を買うだろうか?」

「日本の会社ならそうかもしれませんが、海外の会社や組織の中には買い取るところもあると思います」


 そう言われると、そうかもしれないと思えてきた。

「それって、外国の電力会社という事?」

 天音が確認すると、タイチが頷いた。

「ミャンマーにそういう盗品を扱うブラックマーケットがある、と聞いた事があります」


「タイチは変な事を知っているんだな」

「この情報は、白木さんに聞いたんです」

 シュンが意外だという顔をする。

「後藤さんチームの白木さんか。あの人はただの遊び人じゃなかったんだな」


「でも、日本の電力状況は、思っていた以上に脆弱ぜいじゃくですね」

 そう言った天音が溜息を漏らす。

「それを解決するために、励起魔力発電システムを開発したんだけど、普及するまで時間が掛かりそうだ」


「その励起魔力発電システムだけで、日本の電気全てを供給しようとすると、何基が必要なのですか?」

 タイチが質問してきた。

「一基の発電規模が違うから、分からない。ただ数百という発電プラントが必要になると思う」


「日本だけで数百だとすると、世界だと凄い事になりますね」

「励起魔力発電システムだけで、全世界の電気を供給するのは、賢いやり方じゃない。励起魔力発電システムが何かの原因で止まった時は、大変な事になる」


 励起魔力発電システムは開発が始まったばかりのものなので、どんな問題があるのか分かっていない。発電でD粒子を使うと枯渇こかつしないかという心配をする者も居たが、学者の計算では一万年世界規模で発電を続けても枯渇しないらしい。


「その発電装置は、どこまで小型化できます?」

「今の技術では、小型の軽自動車くらいかな」

 タイチがちょっとガッカリしたような顔をする。

「小型化して何に使おうと思ったんだ?」


 俺の質問を聞いたタイチが照れたように笑う。

「車に積めないかと思ったんです」

 現在の車は、ガソリンや軽油を燃料にした内燃機関自動車と黄魔石を燃料にした魔石電気自動車の二つに分けられる。どちらも燃料費が高いのが問題だった。


「電気代が安くなったら、バッテリー式の電気自動車が復活するんじゃないかな」

「それはいいですね」

 それからアリサも話に加わって夜遅くまで話し、楽しい時間を過ごした。


 次の日、残念ながら停電のままだった。俺はアルゲス電機の技術者に来てもらって、電気の発電量を増やす準備をしてもらった。その後に病院から連絡が来ると、電気を病院へ送り始める。


 停電は三日続き、復旧した時にはホッとした。一般人はホッとしたで済んだが、魔石の管理を厳重にするようにという通達が政府から電力会社へ送られた事で、電力会社は倉庫の警備を厳重にする費用を出さなければならなくなった。


 この停電を機会に積極的に動き出した者も居た。資源エネルギー庁の高橋長官である。電力会社の代表と話し合い、励起魔力発電システムを積極的に取り入れるように呼び掛けたらしい。


 御蔭でアルゲス電機への注文が増えた。ただこの事を面白くないと思う者も存在した。魔石発電炉を開発したオランダのアーメルリアクターという会社の社長である。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 アーメルリアクターの社長はディルク・ヴィンケルという人物である。魔石発電炉は彼の祖父が発明したもので、アーメルリアクターの三代目社長という事になる。


「励起魔力発電システムという発電プラントが、イギリスで使われ始めたそうですね?」

 ヴィンケル社長が非常勤取締役であるミハエル・ランメルスに質問した。

「その通りです。イギリスのシンクタンク、リゼール研究所が中心になって励起魔力発電システムを広めているようです」


「困ったものです。君は励起魔力発電システムが普及すると思うかね?」

「普及すると思います」

「その理由は?」

「燃料です。励起魔力発電システムは、大気中を漂っているD粒子が燃料になっており、原理的には燃料は無料です」


 それを聞いたヴィンケル社長が不満そうに顔を歪める。

「その励起魔力発電システムというのは危険ですね。どうすればいいと思う?」

「通常なら開発会社を買収するのが一番なのですが、無理なようです」


「どうしてかね?」

「開発したアルゲス電機の支配権を持っているのが、日本のA級冒険者、グリム・サカキという人物だからです」


「A級冒険者か。そうだとすると、中途半端な金額では買収できんな」

「励起魔力発電システムを正当に評価すれば、我が社の魔石発電炉より高くなるほどです」


「分かった。アルゲス電機の処理は君に任す」

「承知いたしました」


 ランメルスはアルゲス電機とグリムの事を徹底的に調査した。アルゲス電機についてはある程度判明したが、グリムについては謎が多い人物だというのが分かった。


 調べていくと壁にぶち当たるのだ。大きな権力によって守られているような感じがした。

「こういう相手には手を出さない方がいいのだが、ヴィンケル社長の命令だからな」

 ランメルスはアルゲス電機の未来を潰す方策を考え始めた。


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