第755話 停電

 千佳から躬業の宝珠について聞いた翌日の朝、コーヒーを飲みながらテレビを見ていると三河電力の魔石備蓄倉庫から大量の魔石が盗まれたという事件を放送していた。


「魔石が盗まれたとなると、電力不足になりそうだな。まあ、この屋敷とグリーンアカデミカには影響ないけど」

 それを聞いたアリサが微笑んだ。

「そう言えば、渋紙市総合病院から非常時の電源として使わせて欲しいと、頼まれていた件はどうしたの?」


 渋紙市総合病院には非常用発電装置があるのだが、備蓄燃料などの関係で二十四時間ほどしか稼働できないという。そこで万一の場合に備え、非常時にグリーン館に設置されている朱鋼製発電装置の電気を使わせて欲しいという事だった。


「承諾して、ケーブルの工事も終わっている」

 暑い夏が始まっており、この時期に電力が途絶えれば入院患者が大変な事になる。ちなみに、俺たちは冷房の効いた部屋で話をしている。


「それじゃあ、万一魔石不足で停電になっても大丈夫ね」

「ああ、グリーン館と屋敷、それに病院は大丈夫だ」

「それ以外は大丈夫かしら?」


 今更どうしようもない。魔石を盗んだ連中が悪いのだ。ニュース番組の中で節電しようと言っているが、そう思うなら放送を中断したら良いのにと思った。そうしたら、テレビのスイッチを切るから節電になる。


「バタリオンのメンバーは、ほとんどが丈夫な身体の持ち主だから大丈夫だろう。それに暑くて寝れないというなら、グリーン館に来ればいい」


「そうね。停電になったら、グリーン館に来るように天音たちに伝えておくわ」

 その日は暑くなり、昼間の気温が三十八度を超えた。そのせいで電力需要が高まり、昼間三時頃にいきなり停電になった。但し、グリーン館と屋敷は停電ではない。


「ちょっと街の様子を見に行くよ。ついでに冒険者ギルドへも寄って来る」

 俺はアリサに言ってから外に出た。バスは走っていたが、慎重にゆっくりと運転しているようだ。信号が止まっているからだろう。


 昼間なので、それほど混乱は起きていないようだ。ただクーラーが使えなくなったので、外に出て木陰で休んでいる人たちが増えていた。


 病院の非常用発電装置は二十四時間なら大丈夫だと聞いているので、明日の今頃までなら大丈夫だろう。停電がそれまでに復旧しないなら、グリーン館に設置している朱鋼製発電装置の発電量を増加して、病院へ電気を回す必要がある。


 昔、D粒子の雲に地球が包まれた時、世界中が停電になったらしい。その時は世界全体が混乱したという。昔は買い物をするのに電子マネーやクレジットカードなどを使っていたので、それが使えなくなって社会の動きが止まった。


 日本は現金で取引する習慣が残っていたので混乱は少なかったそうだが、日常の買い物でスマホやカードだけしか使わなくなった国ほど混乱は大きかったようだ。


 そんな事を考えてぶらぶら歩いていると、大きな衝突音が聞こえた。交差点の真ん中でトラックとワゴン車が事故を起こしているのが目に入る。俺は駆け寄って怪我人が居ないか確かめた。


 トラックの運転手は無事のようだ。ワゴン車の中を覗くと、運転席に頭から血を流している男性の姿が見えた。


「大丈夫ですか?」

 声を掛けたが、反応がない。完全に気を失っているようだ。ワゴン車のドアを開けようとしたがダメだった。俺は影からエルモアを出すと、ワゴン車の中の怪我人を運び出せと指示した。


 エルモアはドアのガラスを割ると、車内に上半身を入れてシートベルトを外し怪我人を外に出した。そのままエルモアに歩道まで運ばせ、俺は収納アームレットから折り畳みベッドを出し、その上に怪我人を横たえた。


『頭の怪我が酷いですね。『治療の指輪』で手当てする事をお勧めします』

「魔法薬の方がいいんじゃないか?」

『魔法薬は高価なので、後で怪我人の負担になる事もあります』

「なるほど、金銭的負担までは考えなかった」


 俺は『治療の指輪』を取り出して怪我人に押し付けると魔力を流し込んだ。『治療の指輪』から溢れ出した何かが怪我人の身体に流れ込み、傷口が塞がり始めた。出血が止まったのを確認した俺は、魔力を流し込むのをやめた。


 近くの店に頼んで電話で警察と救急車を呼んでもらう。一部を除いて固定電話は停電でも使えるようだ。最初にパトカーが来て事故の処理を始めた。


 救急車は中々来なかったが、怪我人は『治療の指輪』で手当てしたので大丈夫なようだ。警官に少し質問されたが、俺が事故には直接関係ないと分かるとすぐに解放してくれた。


 事故は警察に任せて冒険者ギルドへ向かう。冒険者ギルドの内部は薄暗く暑かった。受付のマリアは、ぐったりした様子で椅子に座っている。


「グリム先生、この暑さを何とかしてください」

「冒険者ギルドには、非常時用発電機はないのか?」

「そんな贅沢なものはありません」

「冒険者の姿が見えないけど、ダンジョンに潜っているんだろうか?」

「その通りです。ダンジョンの方が涼しいそうで、黄魔石を集めに行っています」


 黄魔石が高くなっているので、ゴブリンやスケルトンナイトを狩りに大勢の冒険者がダンジョンに潜っているという。


「俺もダンジョンに潜って、黄魔石を集めた方がいいのかな?」

 マリアが苦笑いする。

「やめてください。若手の冒険者にとっては、稼ぎ時なんです」

 そういう事なら邪魔しない方が良いだろう。


 その日は熱帯夜となったので、バタリオンのメンバーがグリーン館に集まった。グリーン館に入った瞬間、涼しい風を感じた天音は幸せそうな顔になる。


「はあっ、ここは極楽ね」

 それを聞いたアリサが笑った。


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