第754話 千佳の新しい力

 少し休憩して落ち着いたので、影からスライムナイトと執事シャドウパペットのカンナを出し、ドロップ品を探させる。


 最初に琥珀魔石<小>が発見された。次に太刀の柄の部分だけと思われるものが見付かる。

「これは、グリム先生のオムニスブレードに似ていますね」

 千佳は何となくスライムナイトとカンナに話し掛けた。


「オムニスブレードとは何ですか?」

 カンナは好奇心が旺盛で何でも質問する。千佳はオムニスブレードについて教えた。それから鑑定モノクルを取り出して太刀の柄だと思われるものを調べた。すると、『虚空蔵こくうぞうブレード』と表示された。


「虚空蔵というと、虚空蔵菩薩ぼさつの事かな。使い方はオムニスブレードに似ているようだけど」

 詳しく調べてみると、虚空蔵ブレードに使える力は『鬼神力』と魔力に限定されているようだ。『鬼神力』というものが何か分からなかったが、オムニスブレードのエネルギー限定版のような感じである。


 次に発見したのは、巻物だった。それを調べて『知識の巻物』だと分かった時、千佳は喜んだ。そして、最後に発見したのが、躬業の宝珠である。


 スフィンクス像の中で見た絵に描かれていたのは、躬業の宝珠だったようだ。躬業の宝珠の事はグリムから少しだけ聞いており、それがダンジョン神の力もしくは権能の一部を取り出したものだと聞いている。


 鑑定モノクルで調べてみると『練凝れんぎょうの宝珠』という名前だけが分かった。千佳が所有している鑑定モノクルでは、名前だけしか分からないようだ。


 千佳は『シグルズ』の生き残りが居ないか調査したが、その痕跡すら見付けられなかったので諦めて地上へ戻る事にした。


 地上に戻った千佳は冒険者ギルドへ行って報告した。受付の女性は、千佳に待つように頼んで支部長に連絡した。支部長が千佳から直接報告を聞きたいので部屋に来てくれと頼んできた。


 千佳が支部長室に入ると女性の支部長が待っており、千佳はもう一度報告する。

「『シグルズ』は、居なかったのですね?」

「ええ、少なくとも三十層の中ボス部屋には、居ませんでした」

 支部長は額にシワを作り、溜息を吐いた。


「残念です。この訃報ふほうをドイツに報告しなければなりません。ところで、スフィンクス像が二十九層にあったと報告されていますが、本当なのですか?」


「事実です。但し、戻る時に確認したのですが、消えていました」

「不思議ですね。あなたが嘘を吐く理由もないので、事実なのでしょうが……」


 報告を終えた千佳は、渋紙市に戻ってグリムの屋敷に向かった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 千佳から連絡を受けた俺は、アリサと一緒に屋敷で待っていた。そこに千佳が来て那珂ダンジョンでの出来事について話してくれた。


「おめでとう。躬業の宝珠を手に入れたなんて、凄いじゃない」

 アリサが祝福の言葉を伝えた。千佳が顔を俺に向ける。

「グリム先生、マルチ鑑定ゴーグルを貸してもらえませんか?」

「いいけど、鑑定モノクルで調べたんだろ」


 千佳が肩を竦めた。

「私の鑑定モノクルだと、詳しい事がほとんど分からないんです」

 俺はマルチ鑑定ゴーグルを千佳に渡した。千佳はそれで『練凝の宝珠』を調べ始めた。

「なるほど、分かりました。『練凝』とは、様々な力を練って凝縮する技のようです」


「その説明だと、よく分からない。具体的に言うとどういう事なんだ?」

 俺が質問すると、千佳は魔力を例にとって教えてくれた。魔力を『練凝』の技で凝縮すると『鬼神力』というものになるらしい。


「それは励起魔力や魔儺まなとは、違うものなの?」

 アリサが尋ねた。

「魔儺に似ていますが、魔儺が持つ破邪の力はないようです。ただ『練凝』は躬業の宝珠を使わなくても、修業次第である程度習得できるみたいです」


 生活魔法の才能を持つ者は『干渉力鍛練法』を修業すれば励起魔力を使えるようになる。それに比べて、鬼神力は生活魔法の才能がなくても『練凝』の修業を行えば、鬼神力が使えるようになるらしい。


 ただ使えるようになると言っても、『練凝の宝珠』を使った者は魔力を百倍に凝縮した鬼神力を生み出せるが、単に『練凝』の修業をしただけの者は六十倍が限度らしい。


「面白いな。『練凝』は全ての冒険者に恩恵があるという事か」

 俺の言葉を聞いた千佳が微妙な顔をしている。それを見たアリサが尋ねた。

「どうしたの?」

「躬業は世界で一人だけの特別なものだと思っていたのに、修業すれば誰でも使えるようになるのでは……」


 千佳は世界で一人だけというスペシャルなものを期待していたらしい。でも、これは凄いものだと思う。もし賢者が鬼神力を使えるようになれば、それを使った魔法も創り出されるかもしれない。それを千佳に話す。


「グリム先生は、『練凝』の修業方法を公開し、大々的に世界に広めるべきだと言うのですか?」

「そういう意味じゃない。公開するかどうかは、『練凝の宝珠』の持ち主が決める事だと思う。俺だって、『干渉力鍛練法』はバタリオンの者にしか公開していない」


「でも、『鋼心の技 基礎』は、世界に公開しています」

「精神攻撃から、世界の冒険者を守る方法が必要だと思ったんだ」


 俺が魔法庁に魔導特許として登録した『鋼心の技 基礎』は、精神防御のバイブルみたいな存在になっているらしい。中級以上のダンジョンで活動している冒険者が購入しており、毎年億単位の利益を俺にもたらしてくれる。


 アリサが千佳に目を向けた。

「まずは、躬業を習得してから考えたら」

 千佳が頷いた。俺は躬業の習得がどういうものか話した。身体から魂が離れた状態で魂に刻まれるので、知らないとびっくりする。


 アリサと千佳は『練凝の宝珠』を使うために作業部屋へ行った。三十分ほどして戻ってくると、無事に『練凝』を習得したと報告した。


 公開するかどうかは、実際に『練凝』を使い熟せるようになってから決めるらしい。千佳は早速『練凝』の特訓を始めたようだ。


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