第751話 ダイダラボッチ狩りの準備

 千佳はA級を目指すためにダイダラボッチを倒そうと考えた。そう考えたのには理由がある。A級になるためのハードルは年々高くなっているのだ。


 グリムの時は五大ドラゴン以上の魔物をソロで二匹倒せば冒険者ギルドから推薦してもらえると言われていたが、今では二匹のドラゴンを倒しても推薦されないかもしれない。


 それは次々と強力な魔物が増え、魔法も威力がある新しいものが増えているからだ。現役のA級冒険者は、それらの新しい魔法などを学び実力を向上させており、それらのA級と肩を並べる者を選ぶとなると、推薦の基準を上げるしかないのである。


 千佳は冒険者ギルドに頼んでダイダラボッチの資料を取り寄せた。それを詳しく研究すると、ダイダラボッチを倒すために不足しているものが見えてきた。


 そこで天音に相談するために彼女の工房へ向かった。その工房はグリーンアカデミカの近くにある小さなもので、天音の他に二人の職人が居る。


 その二人は天音の弟子である。と言っても、冒険者としての弟子ではなく魔導職人としての弟子なので、この二人は生活魔法使いではない。


「こんにちは、天音は居る?」

「はい、奥に居ます」

 工房の入り口付近で作業をしていた玉木たまき瑞穂みずほという弟子が教えてくれた。千佳はそのまま奥へ行き、作業部屋に入る。


「天音、何をしているの?」

 作業台に資料を並べて調べ物をしていた天音が千佳に顔を向けた。

「これはシャドウパペットの嗅覚用魔道具を開発していたのよ」


 シャドウパペットの感覚器官は、目と耳である。それに鼻を追加しようと考えて天音は開発しているのだ。


 千佳は首を傾げた。

「シャドウパペットに嗅覚が必要なの?」

「何かを追跡する時や調べる時には、嗅覚が便利だと思うの」

「天音もいろいろ考えているのね」


「ところで、どうして工房へ?」

「ちょっと相談したい事があって」

「相談したい事というと?」

「今度ダイダラボッチと戦おうと考えているのだけど、強敵なのよ。何かアイデアがないかと思って」


 千佳と天音はダイダラボッチとの戦いを想定して話し合った。

「問題は、ダイダラボッチの高い魔法耐性ね?」

「ええ、クラッシュ系で攻撃しても、仕留められないかもしれない」

「最も強力な攻撃が、天照刀の【天照斬】だとすると、足を切り裂いて倒すしかないかな」


 千佳が苦い顔をして首を振った。

「ダイダラボッチは、【地砕駄】という攻撃技を持っている。それは地面を蹴って土砂を周りに飛び散らせるという単純なものなのだけど、爆発したような勢いで土砂を撒き散らすので厄介なの」


 ダイダラボッチは敵が足元に近付くと【地砕駄】を使って攻撃すると資料に書かれていたのを、千佳が天音に伝えた。


「それじゃあ、足元に近寄れないじゃない。高速戦闘モードで見えないほどの速度で、近付くというのは?」


「ダイダラボッチは、動体視力が並外れているので、素早さを十倍にしても見えると言われている」


 それを聞いた天音が溜息を吐いた。

「そうなると、遠距離から物理攻撃ね。……『プロジェクションバレル』しかないんじゃないの」

「でも、ホバーキャノンは二人で攻撃する武器よ」


 天音が腕を組んで考える。

「ホバーキャノンを一人乗りにして、操縦と攻撃を一人でするように改造するのは可能よ」

「いいじゃない。それを作るのは難しいの?」

「グリム先生の協力が必要だけど、たぶん大丈夫だと思う」


 千佳はグリムに頼んで、手に入れた白輝鋼に<ベクトル制御><反発(地)><反発(水)>の三つを付与してもらう。その特性付与付き白輝鋼を使って新しいホバーキャノンの開発を始めた。


 もちろん天音たちだけでは作れないので、最初のホバーキャノンを作った工場に協力してもらった。


 ホバーキャノンを製造している間に、千佳は『フラッシュムーブ』の練習を始めた。巨体を持つダイダラボッチと戦うには、機動力向上が必須だと考えたのだ。


 千佳がダイダラボッチと戦う準備をしている間に、ダイダラボッチと戦うために海外から冒険者が来日した。ドイツの『シグルズ』というチームだそうだ。


 『シグルズ』というのは、ゲルマン神話の英雄ジークフリートの事らしい。最近、大物狩りをする冒険者チームが増えているという。大型魔物を狩ると凄い宝物が手に入るという噂が流れており、その影響で世界中の凄腕冒険者が全長三十メートルを超える大型魔物を狙っているらしい。


 たぶんアメリカが巨獣狩りのチームを結成したので、そんな噂が流れたのだろう。千佳は先を越されるのかと焦ったが、準備ができていないのに戦うのは愚かな事なので、結果を待つ事にした。


 『シグルズ』はダイダラボッチと戦い、逃げ帰ってきた。最初の一回目はダイダラボッチの戦力分析のためだったようだ。


 そして、作戦を立てて本番の戦いに出発した『シグルズ』がダイダラボッチ狩りへ向かった。その頃になって準備が終わった千佳が茨城へ向かう。冒険者ギルドへ到着し、中に入るとざわついていた。


 千佳は受付の前に行って、何を騒いでいるのか尋ねる。

「『シグルズ』というチームが、予定を過ぎても帰って来ないのです」

「そのチームの実力は?」

「C級が三人、B級が二人のチームです」


 冒険者ギルドは、『シグルズ』がダイダラボッチにより殺られたのではないかと考えているようだ。ダンジョンでは万全の準備をして狩りに行ったとしても、一度のミスで命を失う事もあるのだ。


「御船さんというと、那珂ダンジョンとダイダラボッチの資料を請求した方ですか?」

「ええ、そうです。ダイダラボッチ狩りに来ました」

 それを聞いた受付の女性が驚いていた。


「三十層へ行かれるのなら、『シグルズ』の生死を確かめてもらえませんか?」

「どうせ三十層の中ボス部屋に行くので構わないけど、中ボス部屋しか確認しませんよ」

「それで構いません」


 千佳は那珂ダンジョンへ向かった。装備に着替えてダンジョンに入ると一層の荒野に進み出て、地図を確かめてからホバービークルで階段まで飛んだ。


 那珂ダンジョンは上級ダンジョンなので、五層ごとに中ボス部屋がある。但し、歴史のあるダンジョンなので攻略法が確立している。それ故に二十五層までの中ボス部屋の主は倒されていた。


 十八層まで問題になるような魔物は居らず、十九層の草原エリアでギガモスキートという巨大な蚊の群れに遭遇した。


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