第748話 スライムナイトのアーマー

 九層の墳墓に入ると、幅の広い通路があった。その通路は暗かったので、それぞれは懐中電灯などの明かりを用意する。千佳は望遠暗視ゴーグルを装着した。


 通路を進むとミノタウロス王だと思われる全長六メートルほどの像が闇の中から浮かび上がる。

「今度こそ攻略するぞ」

 黒木が士気を鼓舞するように言う。千佳は天照刀を抜いて構え、黒木は大剣を抜いて前に進み出た。


 その瞬間、ミノタウロス王の像だと思われた金属の塊が動き始める。バトルアックスを振り上げて走り出したミノタウロス像は、千佳に向かって振り下ろした。


 千佳は『ティターンプッシュ』を発動し、ティターンプレートをミノタウロス像に叩き付けた。その衝撃をティターンプレートが吸収し、ミノタウロス像に向かって叩き返す。


 何トンもありそうなミノタウロス像が弾かれて通路の床を転がる。それを目撃した藤崎たちが目を丸くした。


「攻撃のチャンスよ」

 藤崎たちが攻撃する気配がなかったので、千佳が指示を出した。慌てて藤崎が『ソードフォース』を発動して魔力の刃を飛ばし、サヤカが『ロッククラッシュ』を発動して高速魔力榴弾を叩き込む。


 魔力の刃はミノタウロス像に命中して五十センチほどの傷を刻み、高速魔力榴弾は金属製の腹に命中して爆発する。その爆発で小さな穴が開いたが、致命傷ではない。


 黒木が飛び込んで、腹に開いた穴に大剣を突き刺した。十五センチほど剣先がめり込んだが、すぐに抜いて後ろに跳び下がる。


 それを見た千佳が渋い顔になる。黒木の大剣は覇王級程度の魔導武器らしい。

「せめて伝説級なら、腹を貫通していたのに」

 千佳はミノタウロス像が立ち上がるのを待って、連続で『クラッシュボール』を発動し、ミノタウロス像に向かってD粒子振動ボールをばら撒いた。


 その中の三発がミノタウロス像の肩、腰、右太腿を貫いた。そのダメージで片膝を突くミノタウロス像。それを見た藤崎が『ドリルショット』で攻撃する。魔力で作られたドリルが高速回転して撃ち出されると、ミノタウロス像の胸を貫通して直径二十センチほどの穴を開ける。


 そのダメージは大きかったようで、ミノタウロス像が倒れた。千佳は滑るように近付くと、天照刀で太い首を刎ねた。金属製の首が胴体から切り離されたのを見た藤崎たちは驚いたようだ。日本刀のような剣で金属の首が切れるとは思わなかったのだろう。


「よし、勝ったぞ」

 黒木が嬉しそうに大声を上げた。藤崎は千佳をチラリと見てから溜息を漏らす。今回の勝利は、全て千佳の御蔭であると分かっているのだ。


 それからドロップ品を探した。

「あったぞ」

 黒木が魔石、藤崎がロングソードを見付けた。藤崎はドロップ品をサヤカに渡した。サヤカは分析魔法の才能もあるらしく『アイテム・アナライズ』でロングソードを鑑定する。


 すると、『羅刹剣らせつけん』という名前が分かった。羅刹は人を惑わし食う悪鬼であるが、改心して毘沙門天びしゃもんてんの眷属となった鬼神でもある。その羅刹が使っていた剣という事だろう。良い魔導武器であるが、伝説級のようだ。


「これは黒木さんが使った方がいいでしょう」

 千佳が言うと黒木が喜んだ。

「いいのか?」

「私には天照刀がありますから」


 千佳たちは少し休憩してから、その先にある階段で十層へ下りた。十層は広大な砂漠で、遠くにはピラミッドも見える。千佳たちはピラミッドの内部にある中ボス部屋で一泊する事にした。


 中ボス部屋へ行くと、シルバーオーガが復活していない事を確かめてから中に入る。野営の準備を始めた。中ボス部屋での野営なので、折り畳みベッドと寝袋を出すだけである。食事は保存食の野菜スープの素で作ったスープとパンで済ませた。


 食事の後に藤崎たちと話し、生活魔法についての評価を聞いた。

「へえー、生活魔法を見直す冒険者が増えているのね、知らなかった」

「少しでも生活魔法の才能がある冒険者は、生活魔法を学び始めていますよ」


 そう教えてくれたのはサヤカだった。千佳が親しくしている冒険者はグリムの関係者が多いので気付かなかったが、生活魔法の才能が『E』の冒険者でも、生活魔法を学び始めているらしい。


「私も『E』なので、掃除魔法の『Dクリーン』や魔石を回収する『マジックストーン』を勉強しているんですよ」


 最近になって生活魔法を学び始めた冒険者たちに人気なのが『Dクリーン』や『マジックストーン』らしい。邪神眷属用の『ホーリープッシュ』や『ホーリーブリット』を習得する者も多いが、邪神眷属と遭遇した経験のある冒険者が少ないので、『マジックストーン』ほどの人気はないという。


 藤崎が千佳に問い掛けた。

「戦闘用シャドウパペットというものがあると聞いたのですが、知っていますか?」

「ええ、私も所有しています」


 藤崎たちが見たいというので、スライムナイトを影から出した。影から黒いぷよぷよした塊が出てきた。アーマーを装備していない状態のスライムナイトである。


「えっ、黒いスライム?」

 サヤカが驚いて声を上げる。黒木と藤崎も目を丸くしている。

「これが戦闘用シャドウパペットなんですか?」

 藤崎が疑問の声を上げる。


 この状態のスライムナイトも千佳は気に入っている。ぷよぷよした感触が気持ち良いので、スライムナイトをクッションや椅子の代わりとして使用すれば快適なのだ。


 しかし、藤崎が見たいと言ったのは戦闘用なので、千佳はスライムナイトに戦闘準備をするように命じた。


 すると、スライムナイトの中に組み込まれているマジックポーチⅠから、白輝鋼で作られた小さな鱗のようなアーマーのパーツが大量に取り出され、スライムナイトの表面に浮かび上がる。そのパーツがスライムナイトによって組み立てられ人の形となった。


 組み立てられたアーマー装備のスライムナイトは、アンドロイド型のロボットを連想させた。最後にマジックポーチⅠから朱鋼製の大剣『光盾剣』を取り出してスライムナイトが構える。


 藤崎たちは驚きすぎて口を大きく開けたまま、スライムナイトを見詰めていた。

「戦闘用シャドウパペットというのは、全部こんな風なの?」

 サヤカの問いに、千佳は首を振って否定する。

「まさか、私が知る限りではスライム型シャドウパペットは、この一体だけです」


 黒木が千佳に顔を向ける。

「墳墓で戦った時に、スライムナイトを出さなかったのは、必要ないと判断したからなのか?」

「いえ、スライムナイトはまだ訓練中で、性能の半分くらいしか力を発揮できない状態なんです」


 黒木は納得して頷いた。スライムナイトは藤崎たちに強烈な衝撃を与えたようだ。スライムナイトのアーマーは、最初の時点では布に縫い付けて固定するような形になっていたのだが、スライムナイト自身がパーツを固定できると分かり、ばらばらのパーツで運用するようになったのだ。



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