第746話 美濃部代議士
代議士の美濃部は、俺の方をチラリと見てから次の質問をするために資料に目を落とす。
「このシステムでは、ボイラーの燃焼室に『熱球』と呼ばれる火の玉のようなものを、発生させるそうですな?」
「そうです」
「その熱球が、別な場所に発生する事はないのかね?」
「発生場所は、システムにより設定されています。他の場所に発生する事はありません」
「絶対にかね?」
「システムを
「だが、その危険があるのなら、励起魔力発電システムは危険なものだと判断せざるを得ない」
そう言った美濃部の顔が笑っていた。
それを聞いた菅沼社長が声を上げた。
「それは他の発電システムも同じでしょう。それでも励起魔力発電システムが危険だと言うのなら、それは偏見です」
「偏見ですと、無礼ではないですか」
それを聞いて、俺はムカついた。
「破壊工作はシステムの問題ではなく、運用における警備上の問題です。それでも励起魔力発電システムだけを危険だと判断するのなら、理由を説明してください」
美濃部が不機嫌そうな顔で俺を睨む。
「励起魔力発電システムが安全だと証明する必要があるのは、あなた方だ」
俺は美濃部へ鋭い視線を向ける。
「美濃部先生は、励起魔力発電システムが危険だと言っておられますが、どういう点が危険だと思われるのですか? 具体的に言ってください」
「ぐ、具体的……そんな必要はない」
俺は美濃部を見詰めながら追い詰める事にした。
「何を証明すればいいか、具体的に言ってもらわないと、証明する事もできないじゃないですか。さあ、具体的に言ってください」
美濃部が追い詰められた獣のような顔をしている。
「君、無礼じゃないか」
議員の一人が美濃部を助けようと声を上げた。俺はそいつに鋭い視線を向ける。
「何が無礼なのですか? 何が危険か具体的に指摘してくれと頼んでいるだけですよ。それとも質問する事自体が無礼だと?」
その議員は黙って目を逸らした。目の前に居る人間が、国会議員という権威が通用しない相手だと気付いたようだ。
美濃部が『この若造が』というような目を俺に向ける。
「君は冒険者だろ。技術者でもない君が説明するのはおかしくないか?」
「励起魔力発電システムを開発したメンバーの一人が、私なのです。開発者の一人なのですから、説明してもおかしくはないはずです」
「馬鹿な、発電システムのような専門知識が必要なものを、冒険者が開発したというのか?」
美濃部の疑問に賛同する議員も居るようなので、俺は溜息を吐いた。
「この励起魔力発電システムは、D粒子を操作する事により励起魔力を作り出し、それを使って熱を発生させています。そのD粒子に一番詳しいのは、生活魔法使いです」
「嘘を言うな。D粒子に一番詳しいのは、学者だ」
「あなたは生活魔法使いの事を全く知らないようですね。D粒子の存在を感じる事ができるのが、生活魔法使いなんですよ」
「信じられない」
「いいでしょう。周囲のD粒子を集め、皆さんにも感じられるほどまで、密度を上げてみせましょう」
俺は『干渉力鍛練法』のやり方で、D粒子の制御を始めた。俺の身体から魔力が溢れ出すと、息苦しさを感じた議員たちが不安そうな顔をする。但し、その魔力はウォーミングアップの時ほど濃密ではないので、息苦しさを覚える程度である。
次に周囲のD粒子を集めて流れを形成する。そして、密度が高まったD粒子の流れを、議員たちの周囲で旋回させた。
通常なら何も感じられないD粒子だが、これだけ密度を高めると普通の者でも感じられるようになる。D粒子の流れが頬を撫で、首筋に触れると議員たちの間で声が上がった。
「どうです。生活魔法使いに何ができるか、理解できたでしょうか?」
青い顔をした議員たちが次々に頷いた。美濃部は悔しそうに唇を噛み締めている。
「これは魔法じゃないのかね?」
議員の一人が質問した。
「こんな魔法は存在しません。確認したければ、魔法庁で調べてください」
それ以降、励起魔力発電システムの安全性を問題視する議員は現れなかった。美濃部でさえ危険だと言わなくなり、会議は終了した。
その後、マスコミへの発表があった。美濃部たちが用意していたらしい。その場で励起魔力発電システムの安全性が確かめられた事を発表した。
次の日、アルゲス電機の株価が爆上げ。委員会があった日に誰かが空売りしたようだが、そいつは大損しただろう。それに加えて美濃部などの政治家が静かになった御蔭で、励起魔力発電システムの導入を検討する企業が増えた。
それ以降もアルゲス電機は励起魔力発電システムの研究を続けながら、効率的な利用法を模索した。その過程で出てきたのが、排熱の利用である。
アルゲス電機が開発した発電システムは安全性が高いものなので、街の近くにも建設可能であり、その排熱を利用した地域の冷暖房ができないかというアイデアが出たのだ。
ボイラーで発生した蒸気は、蒸気タービンを回した後に水になってボイラーに戻るという仕組みになっている。その高温の蒸気やお湯を地域の冷房や暖房に使うという事だ。高温の蒸気などを冷房にというと不思議な気がするが、排熱投入型吸収冷温水機という装置もあり、熱を使って冷房するという事も可能なのだ。
こういうコージェネレーションと呼ばれる熱電併給システムは、発電所が街の近くにないと成り立たないシステムである。
「これが完成したら、一気に普及しますよ」
菅沼社長が嬉しそうに言う。
「そのためには、鋼鉄製発電プラントを完成しないと」
「開発は順調なようです。今年中には目処が立つでしょう」
大量生産型になる鋼鉄製発電プラントは、アルゲス電機の主力商品となるだろう。ちなみに、年間二百基ほどが限度の黒鉄製発電プラントは、次々に予約が入って完売になった。
そのほとんどはイギリスからの発注だったが、日本からの発注もある。
「もう少し黒鉄があれば、累積した負債を上回る利益を出せそうなんですが」
「その事だが、アメリカから黒鉄を仕入れる事ができそうだ」
俺はステイシーに天逆鉾を貸す代わりに、アメリカが国家備蓄している黒鉄を購入する権利を得た。アメリカが備蓄している量は膨大なものなので、ほんの一部でしかない。それでも黒鉄製発電プラント百基分に相当する。
「それが本当なら、来期は黒字になります」
菅沼社長が嬉しそうに言った。アルゲス電機はまだまだ無名の会社だが、この一年以内に世界的に有名な会社になるかもしれない。
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